池尻・三宿

最終更新日 平成27年4月1日

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池尻

池尻村は、その名からもまた低地が多いことからしても、昔はこの目黒川沿いの低地にはかなり大きな池があったのではないかといわれています。そして、この池尻の名は池の下の端にある土地という意味からつけられ、後に池尻から分村した池沢村(1661年~1680年ごろ)も、池がある程度干上がった所からこの名がついたといわれています。

三宿

三宿村は東を池尻、南を下馬引沢、西を太子堂、北を代田村に囲まれ舌状形をしていて、北側は東西が約600メートル、南側は約200メートルで、南北の長さは900メートルほどのこぢんまりとした村でした。村は字が北宿、本宿、南宿の三つに分かれますが、村の人はこれを上(北宿)、中(本宿)、下(南宿)と呼んでいました。この三宿の名はこの三つの宿名からつけられたものだという説があります。もう一つの説、村の北部を流れる烏山用水によって水利に恵まれていたので、水の宿る所から水宿となり、それが三宿になったという説が有力です。

  • 参考「ふるさと世田谷を語る 池尻・三宿・太子堂・若林・三軒茶屋」(世田谷区、平成6年3月発行)

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