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最終更新日 2026年2月9日

ページID 30187

区内の工芸士紹介#1「三味線職人・芝崎勇生さん」

三味線を世田谷から世界へ——伝統を未来へつなぐ職人・芝崎勇生さんに聞く

はじめに「世田谷で受け継がれる匠の技と挑戦」

 世田谷で三味線づくりを続ける芝崎勇生さんは、三味線・箏の専門店「亀屋邦楽器」の四代目。長年にわたり、伝統工芸の技を守りながら新しい挑戦を続けています。今回は、ものづくりへのこだわりと、三味線文化の未来についてお話を伺いました。

芝崎勇生

 

三味線とは?「音を決める“最後の一手”に込める職人技」

 三味線は「棹(さお)」「胴(どう)」「皮張り」の工程が明確に分業され、各工程を専門の職人が担う楽器です。
芝崎さんは仕上師として、最終工程である皮張り・糸巻き・調整の部分を担当します。この工程は音色を決める最重要部分。わずかな張り具合の差が演奏家からの評価を左右します。
 注文は、数値や音程ではなく「硬い」「遠くに響かない」など感覚的な表現が多く、それらを職人が技術に翻訳し、皮の選択や張り具合、棹のバランス調整によって理想の音を生み出します。

三味線

職人への道のり「家業から世界へ─60年の信頼を築くまで」

 芝崎さんの家業はもともと大田区で営まれていましたが、先代の時に世田谷へ転居し、「亀屋邦楽器」を開業。昭和40年代〜50年代には民謡ブームの影響で三味線の人気が高まり、地域の稽古場や商店街を中心に賑わいを見せていました。
 店と住まいが同じだったことから、子どもの頃から簡単な作業を手伝い、自然と技術を身につけた芝崎さん。大学生時代はバブル景気の追い風もあり、就職活動で多くの選択肢がありましたが、「手に職をつけて生きていきたい」という思いから家業を継ぐ道を選びました。その後は工房での修行、新宿の専門店という2つの現場で技術を磨き、その豊富な経験を活かして三味線づくりに取り組んでいます。
 世田谷には家元やプロ奏者も多く住んでおり、そうした方からの発注では、望む音が出せなければ店から離れて行ってしまいます。厳しい状況の中、一丁一丁魂を込めて作り続けることで少しずつ演奏家からの信頼を得て、公演の楽屋などでの口コミによりお店の評判が広がり、ここまでくるのに二代、60年かかったといいます。

 

調整中

海外にも広がる三味線文化「伝統と革新が交わるグローバル時代」

 近年、若手津軽三味線奏者の活躍や、アニメやYouTubeの影響で、海外、特に欧米や台湾での人気が高まっています。オンライン指導の普及により演奏人口も拡大し、海外からの購入も増加中。
 さらに、黒い合成皮といった従来の日本的価値観とは異なる素材やデザインを望む声も増加しているといいます。伝統を守りながらも多様なスタイルに応える楽器づくりが求められています。

海外

今後の課題と展望「後継者不足と雇用の壁、その先にある希望」

 芝崎さんは、後継者不足こそが最大の課題であると語ります。一方で、世の中でデジタル化が進む中、手作業のものづくりに魅力を感じる若者が多く増え、三味線づくりを志す人も出てきているそうです。
 課題は、“やりたい人がいない” のではなく、“雇用条件が整わず雇えない” という、伝統工芸業界全体が抱える構造的な問題。しかしながら、海外市場の拡大は大きなチャンス。こうした追い風を背景に、芝崎さんは、「日本製の三味線が『本場の品質』として世界で選ばれるブランドへと成長すること」を目標に掲げています。

インタビュー

区民の方々へのメッセージ「もっと身近に、和楽器の魅力を」

 「世田谷区はこれまでクラシック音楽など洋楽器のイメージが強かったが、最近は伝統文化にも光が当たり始めており、若い演奏家も活躍しています。日本文化は海外でも強く注目されており、世田谷の皆さんにも、もっと身近に和楽器を楽しんでもらえたらうれしいです。」

笑顔

 

店舗情報

外観

株式会社 亀屋邦楽器

代表者:芝崎 勇生

所在地:世田谷区宮坂3-12-11

設立:昭和42年(1967年)

主な事業:三味線・箏・三線・和胡弓の修理、販売

連絡先:03-3429-8389

お問い合わせ先

生活文化政策部 文化・国際課  

ファクシミリ:03-6304-3710