区のおしらせ「せたがや」令和4年1月1日号

新春対談 2022

新春対談 2022

生命誌を研究されている理学博士の中村桂子さんをお迎えし、ウイルスとは、自然界とは、そして「人間は生きものである」とはどういうことなのかお話を伺いました。

保坂区長

区長 あけましておめでとうございます。令和4年、新しい年がスタートしました。今年の新春対談は生命科学がご専門の中村桂子さんをお招きし、新年にふさわしい「いのち」の話を伺いたいと思います。
中村さん あけましておめでとうございます。「人間は生きものである」というのが私の専門ですので、そうした視点からぜひいろいろお話しさせて下さい。
区長 中村さんは世田谷区にお住まいになられて40年近いとか。お住まいが国分寺崖線(がいせん)にあって、崖線の水と緑を守る活動もされていると聞いています。緑の豊かな環境ですね。
中村さん 最初は成城学園前駅のそばのマンションに住んでいたのですが、今の住まいの近くを歩いていたら、富士山が見えるじゃありませんか。それで「ここに住みたい!」と。駅から10分ほどですが、家の近くに来ると温度がちょっと下がります。緑の力ってすごいですね。
区長
 長くお住まいになって、世田谷区の魅力を一言で表すといかがでしょうか。
中村さん 自然の緑もあれば下北沢や三軒茶屋など人が集まる地域もある。この多様性が世田谷区の魅力だと思います。生きものが進化、存続し、この素晴らしい地球を形づくることができたのは多様性ということが欠かせません。多様であるということは、多くの可能性を持っており、続く力になります。

ウイルスは生きものの世界の中で動き回っている遺伝子

区長 さて、生命科学がご専門の中村さんから見て、新型コロナウイルスとはどういう存在なのでしょうか。
中村さん まず、ウイルスは生きものではありません。寄生する生きものがないと存在できない。生きものとは細胞からできていて、その中に遺伝子を保持するDNAがある。遺伝子は動き回る性質を持っていまして、これが生物界の変化を生み出しています。そしてウイルスというのは、実は生きものの世界で動き回っている遺伝子なんです。
区長 そのウイルスの中には、新型コロナウイルスのような病原性を持つものもあると。
中村さん 生きものの世界は良いこともあれば、悪いこともある、表裏一体です。ウイルスはその典型で、新型コロナウイルスはコウモリの中にいる時は何の問題もないのですが、引き出してみたら人間に悪さをするウイルスだった。
区長 招き寄せてしまったのは人間ですね。
中村さん その通りです。出てきてしまったものは、ワクチンや新しい技術などで対応していくことです。「闘ってなくす」とおっしゃる方もいるのですが、ウイルスは自然の一つとしてあり続けるものです。私たちが生きものとして生きていくためには、暴れさせないように上手に生きる。これが「生きものとして生きる」ことだと思います。
 これからまたどんなウイルスが出てくるかわかりませんが、上手に対応していく知恵を、私たち人間は今回の経験から学ばなければならないと思います。

38億年の時間の流れの中で同等に存在する多様な命

区長 生命の流れから見ると、今回の出来事は先生が研究されている「生命誌」に記される一つなのかなという気がします。生命誌は「史」ではなく「誌」と書くのですね。
中村さん 調べたことを書き残し、次の世代へ伝える生命の歴史物語という思いで「誌」という言葉を大事にしています。
区長
 『生命誌絵巻』は中村さんの考える生命誌を表現したものですね。扇の形をした中にたくさんの生きものの絵が描かれています。

『生命誌絵巻』(提供 JT生命誌研究館)

『生命誌絵巻』(提供 JT生命誌研究館)
扇の天が多様な生きものが暮らす現在を、要が38億年前の地球上の生命体の始まりを示す。すべての生きものが38億年の歴史を持ち、相互に関係しあう。もちろん人間もその中にいる。

中村さん 生きものの世界は実に多様でしょう? 扇の要の部分が38億年前で、すべての生きものはここから生まれたことを示しています。これほど多様な生きものが、実は一つの祖先細胞から生まれた仲間なんです。そして要から天までの距離はみんな同じ。どれも38億年という時間を経て進化し、今ここに存在しているということです。区長が生物学をお習いになった頃は、下等生物とか高等生物とか言いませんでしたか?
区長 たしかに、そうでした。
中村さん 今、そういう言葉はありません。だってみんな同じ距離にいるので、同じ歴史の中で、それぞれ特徴を持って生きているわけだから、上とか下とかありません。ここにいるアリも、38億年かけてここにいる。どんなにすごい機械でも数か月あったら組み上がりますが、アリを作ることはできない。そこに命の大切さ、ということがあると思うんです。
区長 38億年前に共通の命の源があり、人間もアリも38億年という時間がなければここに存在しないということですね。
中村さん ところが今の社会では、人間は扇を外れた上の方にいるつもりのようです。
区長 生きものたちが存在している自然の外にいるという思いあがりでしょうか?
中村さん はい。人間は自分だけが特別で、生物の多様性を守ってやらなければいけないとか「上から目線」で自然界を見ていると思います。こうした自然を何とかできるという考え方が、生態系を壊してコロナウイルスを引き出すようなこともやってしまっているわけです。

生きものらしさの基本は多様性と無駄があること

区長 全く関係なく見える人間と植物、あるいは動物の中に、ピッタリ一致するようなDNAの配列があったりするそうですね。
中村さん 例えば私たちが疲れた時に甘いものを欲する。それは糖分をエネルギーに変えるからです。同様に、バクテリアもそれと同じ方法で、自分のエネルギーを作るんですね。バクテリアと私たちと同じDNAの働きを持っているのですから、生きものは皆仲間であることを実感します。
区長 このDNAですべてが決まっていくのでしょうか。
中村さん DNA決定論のような考えは日本人にわりと強いですね。ところが最近では、DNAも体の中でどんどん変わっていくことがわかってきました。例えば一卵性双生児は全く同じDNAを持って生まれてきますが、歳を経るごとに顔つきなどが変わっていきますでしょう?環境によって変わるだけでなく、調べるとDNAも変化しているんですね。先ほどウイルスは動き回る遺伝子であるというお話をしましたが、ウイルスが遺伝子を運んでDNAを変え、進化に関わることもあるのです。
区長 人間は選びとった生き方で変われるし、DNAも変化しているわけですね。
中村さん DNAはとても大事なものですけれど、それでなんでも決まってしまうなどと思わないで、これを生かしていこうと考えるのが、DNAを知った今の状況としては、よい生き方ではないかと思います。
区長 科学の進化が、生きものとしての豊かな人間の力を示している一方で、科学技術万能論というのでしょうか。人間が自然をも支配できるような感覚を持ってしまいました。
中村さん そうですね、ちょっと尊大になってしまった。科学技術はとても大事ですし、介護用ロボットなど、人に寄り添う技術もずいぶん進んできて、素晴らしいです。使えるところには、どんどん使っていってほしい。ですが、生きものまで機械のように捉えてしまっては……。
区長 効率性とか、機械に求める価値を人にも求めてしまう傾向があるのでしょうか。
中村さん 先日、保育士の方とお話ししていて、「子どもに早く、早くというのはどうか」と申し上げると、「もし僕がそれを言ってあげなかったら、この子たちは今の社会で生きていけますか?」と聞かれました。保育に携わる方がそんなふうに感じる社会になってしまったのだなと、もっと子どもとゆったりできる社会だといいなと思うんです。
区長 子どもの頃、雲の形を見ていていろいろな想像をしてみたりしましたね。大人から見るとぼ~っとしているように見える。つまり生産していない、価値を創出していないような時間はすべて無駄としてはじかれてしまうようだと、人間らしさがなくなってしまいそうです。
中村さん 研究をしていて、生きものって無駄の塊(かたまり)だなあと感じることがよくあります。だけど、その中に面白さや楽しさがあるので、それを具現化しているのが子どもたちですね。生きものの基本は、多様で無駄があること。そう考えると子どもから大人が学ぶ時代ではないでしょうか。
区長 お話を伺って、今年は子どもたちと話す時間を持ちたいと思いました。
中村さん その時にはどうか子ども目線で。子どもから何か学ぼうというお気持ちになっていただけるとうれしいです。
区長 これからも、生命誌の豊かな世界を地域の中で語る機会をいただき、ご活躍いただけたらと思います。ありがとうございました。
中村さん こちらこそありがとうございました。

中村桂子(なかむらけいこ)さん

中村桂子(なかむらけいこ)さん

1936年東京都生まれ。生命科学を専門とし、理学博士として国立予防衛生研究所研究員、早稲田大学教授、東京大学客員教授などを歴任し、現在JT生命誌研究館名誉館長。『科学者が人間であること』(岩波新書)『生命誌とは何か』(講談社学術文庫)など著書多数。また、国分寺崖線の水と緑を守る「崖線みどりの絆・せたがや」の会長も務める。

 


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