令和2年3月「区長の談話室」(ゲスト:永田久美子氏)

最終更新日 令和2年4月13日

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令和2年3月の「区長の談話室」

3月1日・8日放送 区長の談話室 「自分らしく暮らし続ける!~世田谷区認知症とともに生きる希望条例の制定」

(補足)3月8日は3月1日の再放送です。

区には現在、介護認定を受けている方のうち、認知症の症状があり支援が必要な方が約23,000人、軽度認知障害(MCI)の推計人数を含めると47,000人を超え、今後も認知症高齢者の数が増えることが見込まれています。区では認知症当事者の希望や権利が守られ「認知症になっても安心して自分らしく暮らせるまち、せたがや」を目指して、「世田谷区認知症とともに生きる希望条例」(仮称)の制定に向けた検討を進めています。認知症になっても安心して、自分らしく暮らし続けるために私たちができることを考えます。

あいさつ、ゲストとテーマ紹介

  • (パーソナリティ)今日の区長の談話室、今日は「自分らしく暮らし続ける」と題しまして世田谷区認知症と共に生きる希望条例の制定をテーマにお送りしていきます。では早速ゲストをご紹介します。認知症介護研究・研修東京センター研究部部長の永田久美子さんです。よろしくお願いいたします。
  • (永田氏)よろしくお願いいたします。
  • (区長)よろしくお願いします。
  • (パーソナリティ)さて今ご紹介させていただきました、この認知症介護研究・研修東京センター研究部というところは、どのようなお仕事をされていらっしゃるところなんですか。
  • (永田氏)はい、場所は世田谷のすぐお隣、杉並の高井戸にあります。2000年に発足した組織です。まさに今日のテーマと同じ、認知症になっても自分らしく生きるということを実現するために、そのための人材を育てたり、あと地域でどう支えやっていくかという、地域づくりの研究や、そのための普及をしている組織です。
  • (パーソナリティ)区長、認知症のお話ということで今日は永田さんにお越しいただいたんですけれども、実際、世田谷区内に認知症の方っていうのはどのくらいいらっしゃるんでしょうか。
  • (区長)そうですね。介護認定で認知症と判定をされる方、何らかの支援が必要な方は、実に2万3千人に上るんですね。
  • (パーソナリティ)はい。
  • (区長)そのほかにも軽度の方も含めると4万7千人ぐらいだという推定もあります。世田谷区民が91万人いますけれども、認知症の当事者の方、ご家族の方、また心配されている周りの方、十数万人の当事者がいる。区内でも最大の問題だと言っていいと思います

認知症とは? 認知症の人への対応、未来指向の考え方、ほか

  • (パーソナリティ)やっぱりこれから高齢化がますます進んでいくっていうことは、皆さんご存じだと思うんですけれども、永田さん、認知症という言葉は、もちろん皆さんよく聞いてはいると思うんですが、改めて詳しく教えていただけますでしょうか。
  • (永田氏)認知症というのは、脳の中で病的な変化が起きる、病的な変化といっても、詳しく分けると100種類以上にもなります。
  • (パーソナリティ)そんなにあるんですか。
  • (永田氏)はい、どうしても認知症って一括りにされますけれども、非常に様々な原因の病気があって、そこから出て来て、暮らしにくさ、日々の中で少しずつできないことが増えたり、日常生活が自分だけでは送りにくくなっていく状態像、そして障害が起きている状態像を認知症というふうに定義されています。
  • (区長)症状であって、認知症っていうそれが病名ではないってわけですね。
  • (永田氏)全然違いますね。そこはすごく誤解されています。
  • (区長)そうですね。
  • (永田氏)今の区長の言葉がとても大事で、病気は背景にあるんですけれども、飽くまでもその人がどう暮らしにくくなっていくかっていう状態像なので、病気はもちろんですけれども、そのほかに環境、どういう場所かとか、地域での様子とか、環境が非常に大きくその人の状態像を左右していくという、一概に病気とだけ見ないで、病気の治療はもちろんなんですけれども、どう環境を整えていけるかが一番重要な状態像ということです。
  • (区長)たぶんそれぞれの方にとって、進行度は違うんじゃないですかね。
  • (永田氏)おっしゃる通り、認知症に気付き始めてから、最後、頑張ってゴールイン、最後皆さん亡くなる訳ですけれども、平均15年くらい、長い方はもう20年以上。非常に長丁場ですので。そういう点からも、認知症は一括りにできない。そしてどちらかというと、今まで認知症を発症して、かなり後半期の、自分ではなかなか力を出せなくなった状態に、スポットが当たりがちでしたけれども、決してそうではなくて、その前半期が非常に長い。どちらかというと私や区長が今なってもおかしくない、普段の暮らしの延長で、認知症が状態になっていくという、そういうものです。今までの進んでしまってからの、何も分からない、できないっていうイメージを大きく変えないと、これからの取組み、あるいは私たちの備えも、随分誤ったものになっていくという、そういう長い経過をたどるということがとても大事なところだと思います。
  • (区長)いろいろ物忘れとかね、若い頃からあると思うんですけれども、だんだん年を取ってくるにつれてね、増えてくる。鍵を閉めたかどうか、何回か確認してしまうとか、そういうことから始まって、親しい人なんかだとですね、ここはどこなのと。自分の家なんですけれども、ここは自分の家じゃないと。早く帰りたいってことをおっしゃったりとか、食事をしたことを上手く思い出せなかったりとか。その手前で日々起こるニュースなどに関心が、その時は見ていても、そのことを話題に、何かお話をすることが苦手になってきていて、もう一方で、その方も子ども時代、例えば戦争中の話とかは、もう本当に生き生きとお話になったり、ちょっと古いというか、直近の事以外は随分お分かりになってるとか。この辺りどうですかね。
  • (永田氏)まさに今の点が大事で、たまたま病気のせいで、新しい部分のことを記憶には留まりにくいけれども、一人ひとりのご本人の中には、今まで長年にわたって暮らしてきた知識とか技術とか経験というのは、しっかりと残ってらっしゃる。今までどちらかと言うと、また忘れたとかできない、特に新しい記憶の部分が失われている事自体を注目しがちでしたけれども、それ以外の部分、今まで持っているたくさんの力とか知恵とか、そういう部分に光を当てると、全然違った見方になったり、本人もそこに光が当てられると自信を取り戻されたり。やっぱり傷つかなくて済むっていう。いっぱい良いものが残ってるのに、だめなところばっかりを周りが注目して、結局、本人自身を見失っていってしまう。周りも本人を見ないで問題点ばっかりを見るし、一番怖いのは、ご本人自身も、自分は何者か自分はどうなのかって自分自身がものすごく揺らいでしまって不安定になっているという、だめな問題点だけを見てしまう悪循環に陥ってきたっていうのが、これまでの最大の課題のところです。
  • (区長)少し以前になりますけれども、長いこと痴呆症というふうに呼ばれてきていましたよね。痴呆症というのは文字通り、正常な状態ではなくなると。だから少し症状が出て来て、認知症の状態に入っているなというだけで、この人はもう何も分からない、何もできない。そういうレッテル張りがかなり強かったんじゃないかなと思うんですね。その結果、家族との間ですごく葛藤があったりとか、あるいはその家族の方は、元のお父さんお母さんの姿が原型にあるので、そうでなくなっていく部分にすごく反応して。
  • (パーソナリティ)ショックですよね。
  • (区長)喧嘩してしまったりとか。そういう事が多かったですね。
  • (永田氏)失われたものっていうか、その新しい記録とかそういうものがなくなったとしても、本人は本人であることは変わりないっていうことを、そして本人も、特にご家族も周りも気づけば、もう少しこう、優しさの余りに厳しく言ってしまったり、期待し過ぎて、実際との落差に悩んでしまって、葛藤に陥るような事を避けていける。そういう意味からも、認知症って今までは問題点に随分光が当たって、知識とか勉強もされてたけど、これからは、本人はいっぱいの力を残していて、その面をどう生かすことで、本人も家族も地域も、もっと生き生きと活力を持って暮らしていけるのかっていう、大きな発想の転換が必要になってきているっていう段階です。
  • (区長)認知症の当事者の方が、多分オーストラリアの方だったと思うけども、私たちにも権利があると。私たちのことを、私たち抜きに決めないでほしいという事。すごく新鮮に響いたのは5.6年前だったかと思うんですが。最近になってですね、認知症の当事者の方が、私はその当事者ですが、本人ですがって言って意見を言われるような場面も急速に増えてきたように感じます。
  • (パーソナリティ)永田さんは認知症の方達と一緒に、これまで歩んでこられたと思うんですが、そういった変化っていうのを感じられてますか。
  • (永田氏)そうですね。時代がかなり大きく動いてきていると思います。前はやはり本人もなかなか語れない、そんなこと言ったらどう思われるんだろうかとか、一番は自分が認知症だっていうことで、家族が嫌な目に合うとか、本人自身というよりもご家族や親戚の目を気にして発言できない方がとても多くおられたんですけれども。最近はご家族も随分変わってこられて、世間体よりも本人がこれから前向きに生きることが大事だし、隠してるよりも、早くオープンにした方が周りからの支援も受けやすい、もっとオープンにしようってことで、ご本人が次々と、私、認知症になりました、これからよろしくって。特別なことじゃなくて、これからも今まで通り付き合って欲しい。これから自分のやりたいことにどうか付き合って欲しい、みたいにすごく前向きな明るいそういう発言をする人が本当に増えてこられています。
  • (パーソナリティ)分かりました。この後世田谷区の取組みなどもお話をお伺いしていきたいと思います。

世田谷区認知症とともに生きる希望条例、私たちにできること、まとめ

  • (パーソナリティ)さて今日の区長の談話室は「自分らしく暮らし続ける」と題しまして、世田谷区認知症とともに生きる希望条例をテーマにお送りしています。改めてゲストの方をご紹介します。認知症介護研究・研修東京センター研究部部長の永田久美子さんです。引き続きよろしくお願いいたします。区長、世田谷区では世田谷区認知症とともに生きる希望条例というのを制定するというふうにお聞きしたんですが、こちらの事について教えてください。
  • (区長)これは認知症対策条例ではなくて、認知症という、多くの人が当事者になる状態をですね、なるべく個人個人にとってかけがえのない人生の一つの段階として、幸せに、また希望を持って暮らすことができるように、そして当事者のご家族や周辺の人たち、地域全体が認知症という、有り様を理解して、排除したり差別したりしないで、例えば音楽の先生をしていた方ならば、直近のことが分からなくても、例えば童謡を教えることや、ピアノ伴奏とかはできますよと。そういう角度で、お子さんたちに関わるって事がもしできていれば、随分違う毎日になりますよね。なので、認知症ということでレッテルを貼って社会から排除していくっていうのは、もうこれだけの数になると無理なので。しかもその人にとっても家族にとっても、不要な争いやストレスを生むだけ。でもそのためには、意識転換、価値観の大きな転換が必要だということで、敢えてちょっとあまりない名前ですよね、希望条例というようなタイトルでいきたいなと思っています。
  • (パーソナリティ)永田さん、この世田谷区の取組みについてはいかがですか。
  • (永田氏)おっしゃったように、今、時代の大きな変わり目で、認知症を問題視して、対策とか問題が起こってから後追いでやるっていうような、そういうことではなく、一部の人だけで頑張るというよりも区民全体で、問題という視線よりも希望、なってからもいろんな希望があって一人ひとりが生きていく力もあるし、これからも楽しみもあるというような、発想を大転換するようなことを、区として協力してやっていくことが必要で、それを象徴するような非常に先進的なネーミングからみても、先進的だと思います。
  • (区長)先日、テレビでですね、認知症研究の長らく第一人者であられた長谷川和夫先生。もう90代なんですが、ご自身が認知症になられて、だんだんと進行していく様子。だけど専門家なので、自分のことをですね、客観的にこういうことだねっていうことで、少し分析してみたりとか、すごく素晴らしい番組があったんですね。それを見ていて感じたのは、やはり、その講演をずっとされているんですよ。認知症当事者であり、専門の医師だったっていうことで。その講演も、いきなり歌から始まったり、家族としてはハラハラするような場面があるんですけども、やはりそういう心の揺らぎというか、ありのままの自分の姿なり悩みなり、分からなくなってることなんかを、率直に話されることは、すごく画期的なことだなぁというふうに思いました。
  • (永田氏)本当におっしゃったように、何も分からないっていう、強烈な今までのイメージがあると思うんですけれども、決してそうではなくて、認知症になられても、ものすごく心の中にいろんな豊かな思いとか、自分なりの配慮とか。それがうまく表現できない。そういう面もありますけれども、どれだけやっぱり解放できるか、今まで長年生きてきて、できないこともあるけど、まだまだいろんな思いがあったり、素晴らしい豊かな力、長年の培った力をいっぱい残ってるのに、今まで封じ込めてきて。封じ込めたがゆえに、そのエネルギーが歪んだほうに出てしまって、混乱したり歩かれてしまったりという。せっかく一人ひとりが持っている、世田谷区のたくさんの人たちが、せっかくあるエネルギーをもっとのびのび解放して、その力でむしろ支えられる一方じゃなくて、子どもたちの役に、見守りをしたり、子どもたちが育っていくのを温かく応援したり、教えたりとか、自分の技を伝えたりとか。子どもだけじゃなくて、若者や人手不足の今の職場、様々な今企業や職場で認知症の人が働き始めているんですけれども。まだまだ単純作業とかならできることもいっぱいあるということに、今持っている力をどううまく社会の中で生かして、本人も生き生きするし、それを見て家族もほっとされるし、社会でも役立つっていう、そういう希望の循環、いい循環を作っていくことで認知症の人が増えるって事はこれからの少子超高齢化社会でむしろ活力を維持したり、なってからも多世代がいろんな良い面を交流し合って、一緒に暮らしていけるっていう、これからの社会を作るものすごく大きなきっかけが、その方達だと思います。
  • (区長)そのためにはですね、多分認知症の方自身の戸惑いとか不安とかですね、場合によっては恐怖ですか。そういうことって通常なかなか分からないんですね。外側から見ていて。多分、全然言葉が通じない国、違うルールで動いてる社会にぽんと1人で放りこまれると誰だって不安になるし、どういう風に歩いていいんだか何をしていいんだかちょっと検討がつかない状態に近いのかなと。これは推測ですけれども。そういうことをちゃんと周りでサポートする側も、分かっていく必要がありますよね。
  • (永田氏)まさにもう、知らない街を歩いてるような、とめどもない戸惑いっていうのがやっぱり強い。それも周りの過ごし方とか環境が大丈夫だよ、ここにいつもの場所に一緒に行こうよとか、少し一緒に街を歩いたり、一緒にやりたいことをやるパートナーがいてくれると、その不安が急速に和らいでいく。一人ぼっちで誰も味方がいないっていう状況の中で混乱がどんどん雪だるまのように膨らんでいくので。そういう面でも条例の中でのパートナー、支援してあげる一方のサポーターというよりも、どちらかというと一緒に時間を過ごし、一緒に楽しみ一緒に働き、そういうパートナーを増やそうという方針が掲げられているのも非常に重要な点だと思います。
  • (区長)この条例の中でですね、敢えてともに生きる喜びや悲しみを分かち合うパートナーとしてこの輪を広げていくってことが書かれているんですね。世田谷区内、区のホームページを見ると、家族会とか認知症カフェですね、当事者の方、介護関係で働いてる方、家族の方、専門家のみんなが集まってワイワイと認知症の話、認知症以外の話もするような活動が何か急速に広がっています。その急速な広がりと合わせて、この条例が使われていく、そういう事を望みたいと思います。
  • (パーソナリティ)その条例ができることによって、私たち区民とか、地域の方たちの考え方っていうのが少しずつ変わっていくっていうことなのですが、具体的に、例えば地域としてはどんなことをしていけばいいんでしょうか。
  • (区長)そうですね。認知症カフェと言いましたけれども、ご家族の中で介護をする、専門機関に受診するというだけの生活サイクルの中で、行き詰ってしまうところって多分あると思うんですね。介護者の方も思い詰めてしまったりとか、当事者の方もすごくストレスが重なっていったりっていうところを、同じような苦しみや悩みを持ってきた家族や当時者同士がフランクにお話をして、時には歌を歌ったりして、そして少し肩の荷が下りた、今日は話ができたというふうに、お帰りになる。これとても重要ですね。
  • (永田氏)本当ですね。同じような立場の人たちが、思い切りしゃべったり、仲間だからこそ本音が言えるみたいな。そう話し合いを通じながら、条例の中で、単に楽しい話で終わらないで、何を望むかっていう希望ですよね。こんなことやりたいとか、自分はこれが得意だから子どもたちに宿題を教えたいとかね、そういう声を大事にして、話しておしまいにしないで、それを叶えていく。この叶えていく中で、いろんな地域の人の力とか、みんなが参画しながら。地域の人たちも、なんだ、認知症って医療介護任せじゃなくて、自分たちも一緒に楽しんだり、ちょっと一緒にやるのをサポートして、一緒にやっていく中で、お互い元気になるなっていうような、そして住民が一緒に作り出す、みんなで一緒に作り出す。それを医療介護職がそっと後からバックアップするという。やっぱり本来の地域で一緒に暮らすっていう大きなチャレンジが、今世田谷で始まろうとしてるんだと思います。
  • (パーソナリティ)そういうところに私たち個人も一緒になっていけばいいっていうことですね。
  • (区長)そうですね。この放送を聴かれた方はですね、3月1日日曜日なんですが、認知症条例のですね、内容の概略と皆さんのご意見をパブリックコメントで募集している区のおしらせの号外が新聞折込みで入る予定です。3月1日が放送日1回目でもありますね。なのでぜひこの葉書を使って皆さんの声を届けて頂けたらと思います。
  • (パーソナリティ)3月1日に入っているという事ですので、ぜひご覧になって下さい。区長、区でも認知症の方やご家族のために相談する所があると思うんですが。
  • (区長)そうですね。各まちづくりセンターの中に、福祉の相談の窓口がありますので、来所されたり電話でも安心すこやかセンターで相談に応じることになっています。もう一つ4月1日からですね、梅ヶ丘に認知症在宅生活サポートセンターができます。専門的な機関で、その地区28か所の窓口をバックアップしていくような機関が誕生します。そこともつながって認知症への取組みを強めていきたいと思います。
  • (パーソナリティ)はい、分かりました。そろそろ時間ということになりました。永田さん、最後にリスナーの皆さんに一言お願いできますか。
  • (永田氏)これからも認知症、暗く大変と思わないで、目をそむけないで、これから自分が幾つになってもどう生きていきたいかなーっていう、自分なりの小さくてもいいから希望をぜひ大事にしていただきたいな、それを誰かに語っていただきたいなと思います。
  • (パーソナリティ)はい、分かりました。区長、最後にお願いします。
  • (区長)はい、これから超高齢化社会が進んできて認知症問題っていうのは、ほんとに誰もが当事者になる問題、介護家族として、あるいは自分自身が当事者としてと、非常に身近な問題です。この身近な問題を、どういう風に人間らしくその尊厳に敬意を払いつつですね、自然に無理をせず、しかも住み慣れた地域の中で実現していくのかってことに、世田谷区としてもチャレンジをしていきたい。で、その主役は、この地域で暮らしていらっしゃる皆さんだと思います。
  • (パーソナリティ)はい、分かりました。今日は「自分らしく暮らし続ける」と題しまして世田谷区認知症とともに生きる希望条例の制定をテーマに送りしてきました。永田さん、そして保坂区長、どうもありがとうございました。
  • (永田氏・区長)ありがとうございました。

写真3月放送
左より、保坂区長、パーソナリティ、永田氏

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