せたがや自治政策研究所 Newsletter 2023年2月号No.48 SETAKEN NEWS せた研写真ニュース 1月24日(火)教育総合センター研修室「にじ」で令和4年度研究活動報告会を実施しました。 今年度は、活動報告@地域行政史とアーカイブスの構築、A地域行政に関する調査研究と、研究報告@世田谷区でデータの整備と活用を進めるためにせた研が行うこと、A世田谷区における地域コミュニティとパーソナルネットワークを報告し、コメンテーターや参加者とディスカッションを行いました。詳細は、次号にて報告します。 社会調査マスターへの道 調査は仮説から始まる、仮説はエピソードから始まる 特別研究員 金澤 良太 これまで『社会調査マスターへの道』では、社会調査に関する様々な実践的知識について解説してきましたが、調査をするにあたってもっとも重要なことに触れないままでいました。それは、〈調査は仮説から始まる〉ということです。 仮説という言葉は日常会話においてもしばしば使われており、社会調査との関係でのみ用いられる言葉ではありません。そこで、まずは仮説の日常的用法と専門的用法を区別しておきたいと思います。日常会話では、多くの場合、仮説は「現在こうなっているかもしれない」「過去こうなっていたかもしれない」という予想や、「今後こうなるかもしれない」という予測を指すものとして登場します。学術研究においても同じ意味で使われることがないわけではないのですが、社会調査にもとづく実証研究においては異なる意味で用いられています。 われわれは社会調査をするとき、まずは調査対象が「現在どのようになっているか」「過去どのようになっていたか」ということを??大抵はおおまかな予想(日常的用法の仮説)を持ちつつ??把握しようと努めます。社会事象の状態を把握するための研究ならば、それだけで目的を満たすことができます(e.g.経済格差はどれくらいあるのか)。しかし、多くの研究ではもう一歩進んで、社会事象がある状態になった要因を明らかにすることが目指されます(e.g.なぜ経済格差は拡大したのか)。その際に必要になるのが、仮説検証型の実証研究における本来の意味での仮説です。 実証研究における仮説とは、一言でいうと「因果関係についての想定」のことです。因果関係であるからには、原因となる要素と結果となる要素とがあり、両者の間に関連のあることが想定されなければなりません(e.g.失業率の上昇によって経済格差は拡大した)。社会調査に即していうと、仮説は「2つの変数間の関連についての想定」と言い換えることができます。変数とは、個人によって異なる性質のことです (1)。数といっても数量的な意味がなくてよく、性別や出身地、配偶者の有無など、個人によって異なる性質であれば、なんでも変数となります (2)。賛成・反対といった意見の違いや、好感度や幸福度のような意識の強弱も個人によって異なるので、変数といえます。 社会事象の因果関係は、あらかじめ因果関係に関する想定=仮説をもって社会を観察し、データを収集・分析しなければ明らかにすることができません。仮説はあくまで想定ではありますが、そのもっともらしさをデータによって確認・検証することができます。AIはもしかしたら違うかもしれませんが、われわれは仮説があってはじめて複数の変数を因果的に関連づけて社会事象を理解することができるようになります。また、仮説がなければそもそも何について調べればよいか分からず、調査票にどのような質問項目を含めるべきか判断がつきません。このように、仮説はあらゆる社会調査の出発点なのです。 それでは、仮説はどこから発想してくればよいのでしょうか。先行研究をレビューして仮説を立てるというのが教科書的な方法ですが、実際には個人の経験やニュースで見たこと、ごく少数の事例などから思いつくこともしばしばです。私の個人的な感覚としては、仮説の源泉は(EBPMにおいて否定的に評価されている)エピソード・ベースであることがほとんどであり、むしろそのほうが良いと思っています。というのも、エピソードは主観的であったり、直感的であったりしますが、だからこそ、その人にしかないものであって、エピソード・ベースの仮説はオリジナルな仮説だと考えることもできるからです。それに、個人的な思い入れがあるからこそ、調査という面倒で大変なことだらけの仕事のモチベーションをどうにか維持することができるからです(仕事として仕方なくやらなければならない調査だとしても、こっそり自分の仮説をいくつか紛れ込ませておくくらいのことは許されるはず…)。 まずはエピソード・ベースで仮説を発想し、次に関連する研究を検討して仮説を鍛えていけば(仮説の表現を学術的なものに修正したり、先行研究との関連で仮説の意義を説明できるようにしたり…)、結局は教科書的な仮説の立て方をしたのと同じレベルの仮説を導き出すことができます。このように、調査研究の原点はエピソードであっても何ら悪いことはないのです。 社会調査は、エピソードによる認識から脱して、エビデンス=データにもとづいて社会事象を考えるための有用なツールです。しかしながら、社会調査にとってエピソードが不要だというわけではありません。もしろ、実際はその反対です。というのも、社会調査は仮説から始まるのであり、仮説の源泉(の多く)はエピソードにあるからです。もしかしたら自分がいつか調査を担当することになるかもしれないと思って、ささいなものであってもエピソードを蓄積しておくと、いざというとき役に立つでしょう。 ※今回の内容は、一部を除いて平成30年度に実施した社会調査ゼミで詳しく取りあげました。社会調査ゼミの資料は『せたがや自治政策 Vol.11』のp.247〜p.272に掲載されています。 (1)もうすこし正確な表現をすると、変数とは観察単位となる個体によって異なる値をとる性質のことです。観察単位(=調査対象となる単位)は調査設計によって異なり、個人だけでなく、世帯、事業所、学校、区市町村なども観察単位となります。したがって、事業所の売上げや学校の生徒数も変数といえます。 (2)たとえば性別は、個票データでは男性が1、女性が2というように数値が割り当てられることが多いのですが、その値に数量的な意味はありません(男性の2倍が女性というわけではない)。数値を割り当てるのは、@効率的にデータ入力ができる、A統計解析のソフトウェアで扱いやすいという理由によります。 第4回庁内オープンゼミを実施しました せたがや自治政策研究所では、研究成果や研究のプロセスで得られた様々な知見を庁内職員で共有し、職員同士で考え、議論できるオープンな場として「庁内オープンゼミ」を開催しています。今回は「誰も置き去りにしない『まちづくり』とは―「街づくり」から「まちづくり」を考える―」をテーマに施設営繕担当部の小柴 直樹部長をお招きし、第4回オープンゼミを開催しました。 実施概要 日時  令和4年12月21日(水)14:00〜17:00 会場  教育総合センター研修室「たいよう」 講師  小柴 直樹氏(施設営繕担当部長) T ご講演 著書『人をつなぐ街を創る』を中心に、太子堂の防災街づくり、下北沢、明大前、下高井戸といった駅周辺街づくり、都市計画道路沿道の街づくりなどの事例を通して、「街づくりの心得」についてお話しいただきました。 参加者のアンケートからは、「想像していた以上に、まちづくりの合意形成に時間がかけられている点が印象的だった。これまでの自分の仕事の進め方とのギャップに圧倒された。」、「下北沢の開発についてのお話がリアルで面白かった。」といった声が見られました。 U 対談  テーマ 「街づくり × まちづくり」 小柴部長と大杉所長による対談および参加者を交えたディスカッションを行いました。 参加者のアンケートからは、「反対者とのコミュニケーション、会う機会の確保して、身内にして街づくりをしていくというのは目からうろこだった。」、「情報によって見え方が変わることや、立ち止まって見直す、考え直すことが大事だということが印象に残った。 」という声が見られ、世田谷らしい「街づくり」と「まちづくり」を改めて考える場となりました。 せたがや版データアカデミー Case Review Forum 第2シーズンご報告 主任研究員 田中 陽子 せたがや自治政策研究所はEBPMマインドの醸成を目的に令和3年度より「せたがや版データアカデミー(以下、せたアカ)」を実施しています。 今年度は令和3年度「せたアカ」の「政策形成の過程を実践」「互学互修によるブラッシュアップ」という手法はそのままに、組織の直面する課題をテーマに、個別のケースについてみんなで考える場として「せたアカCase Review Forum」をはじめ、第1シーズンに続き、第2シーズンを行いました。高齢福祉課の森田係長が報告者となり、全3回を実施しましたので報告します。 Stage1 政策アイデアのブラッシュアップ @世田谷区の高齢者は長寿だが健康寿命は短い→要介護認定の原因は転倒→転倒防止のための方策が必要 A政策アイデア 「健康寿命を延ばすために住宅改修の周知を行う」 B介護認定を受けると介護保険で住宅改修が可能、元気な人は住宅改修の補助を受けられないことから使い勝手が悪い… Stage1終了後、報告者が「政策のアイデア」をブラッシュアップして、「政策の仮説」を作ります. Stage2 政策の仮説を磨く @団塊の世代をターゲットにした健康づくりの方策という政策の仮説をテーマに意見交換を行いました。 Aお招きした国立保健医療科学院の大夛賀先生からは介護保険制度全体を表す大きなツリー型ロジックモデルや、一般的に使われる評価指標など、他自治体の事例も交えたミニ講義をいただきました。特別区における世田谷区の特徴など、公的統計データを使った分析なども大変勉強になりました。 Stage3 政策の試作品を磨く Stage2で新たな視点を得て、Stage3では管理職にプレゼンを…と思っておりましたが、残念ながら議会対応とのことでいらっしゃることができませんでした。 報告者の森田係長からは団塊の世代をターゲットとした「民間企業と連携した体力づくり」をご報告いただきました。メンバーからは「連携先は大学などもいいのでは?」といった意見も出ました。Stage2でお話を伺った大夛賀先生と大杉所長からは講評、CRF参加メンバーからは応援の言葉が贈られました! 現在「公園・緑地の整備(公園緑地課 高橋係長)」をテーマに実施しています。ご興味がありましたら、途中からでもご参加いただけますのでご連絡ください。来年度も継続実施予定です。気になる方は定期庶務連絡で募集を行いますのでぜひどうぞ。 ちょっとよくわからなかったので大杉所長に聞いてみました 研究員:前回のオープンゼミでは、「合意形成には時間がかかる」というお話を伺いました。その一方で、業務ではスピード感を求められる場面が多いように思います。どちらも重要だと思いますが、私は効率を重視したいと思っています。どうしたらいいのでしょうか。 大杉所長:急がばまわれという言葉があるように、関係する人たち(今関係しているように見えない人達の声も含めて)の声を聴くプロセスを大切にして、しっかりと熟議を重ね、時間的なコストをかけていくほうが、慌てて一部の人の意見しか聞かずに後でひっくりかえされるよりも、スムーズに進めることができるのではないでしょうか。 すべてお見通しの哲人王のような優れた人が決めるのであれば、民主主義は必要ないでしょう。みんなで決めたことより誰かひとりが言っていたことのほうがよかった、ということも可能性としてはありえます。ただ実際には、多様な価値観があり、いろんな考え方をもった人がいます。一見良さそうに見えても、だれかにとってはよくないこともあります。時間をかけるといっても、だらだらやればよいわけではなく、熟議のためにしっかりと時間をかけていくことが必要でしょう。 研究員:熟議が必要ということはわかりましたが、実際には熟議をする時間スケジュールがとれないことも多いと思いますが、、、 大杉所長:そもそも、始めるのが遅すぎる、ということもあるでしょう。時間のないなかで深い議論を行うためにはスタート地点をどこに置くのかということも重要です。例えば、私は地域づくりやひとづくりは20年かかると言っています。担当者からすれば、今から20年と思うと、そんなに時間をかけてられないと感じるでしょう。しかし、地域づくりやひとづくりにはすでにバックグラウンドがあります。世田谷だったら、20年どころかもっと長い歴史の積み重ねがあるでしょう。それをふまえて、スタート地点を20年前とすれば、今よりもっともっと良いことができるはずです。熟議とは、単に時間を長くかけることではありません。掘り下げて深く考えていくことです。AIでディープラーニングということばがありますが、私たち自身がもっとディープラーニングをしなければなりません。みなさんの仕事を振り返ってみたとき、過去のこと、現在のこと、未来のことをディープに考えているでしょうか。手を抜くようになっていないでしょうか。意識してそういう気持ちを持つことが必要です。効率を重視して映画やYouTubeを倍速で見るのは好き好きだと思いますが、その生まれた分の時間をどう使うのかを考えているでしょうか。区で進めているデジタル化も同じことがいえます。デジタル化を進めれば人手不足に対応できるという考え方もありますが、人手に余裕ができたときにそれをどこにあてるかを今からしっかり議論しておく必要があるでしょう。 研究員:ただ時間をかければいいのではなく、過去や未来も含めてどれだけ深く考えることができるかが重要ということですね。熟議するところとスピード感を持つところのバランスが大切だと思いました。このテーマをもっと深掘りしたいので、次回もお聞きしていいですか? 大杉所長:よろこんで!