令和2年度の調査研究の総括と今後の展望 大杉 覚 (せたがや自治政策研究所所長) 1.はじめに 本年度は、コロナ禍の影響で予定されていた企画等や対面での調査研究の一部について中止・延期を余儀なくされたものの、全般的には、前年度までの調査研究の成果を踏まえ、補完する調査研究を中心に着実に進捗させることができた。また、3カ年にわたる調査研究計画を新規策定することで(P257参照)、次年度以降の中長期的な調査研究の方向性を体系的・計画的に打ち出し、新たな調査研究体制を整えることができた。これらの成果は、所員の熱心な取組みによるものであると同時に、関係各位からのご協力の賜物と感謝申し上げたい。 さて、本報告書を取りまとめるにあたって、本章ではあらかじめ、これら本年度の調査研究の成果の全体像を整理して示すとともに、新たな調査研究計画のもとで今後具体的に取り組むべき課題とその対応の道筋を示したい。 2.本年度調査研究の成果 2.1調査研究の概要 本年度の調査研究は、大別して3つのパートからなる。 (1)地域コミュニティに関する研究 第1のパートは、地域コミュニティに関する研究である。昨年度、学識者からなる研究会と職員参加により取りまとめられた「自治体経営のあり方研究会報告書」(以下、「あり方研報告書」と略)での提言を受け、引き続き「自治体経営のあり方に関する研究」として論点を深掘りすべく調査研究を進めたものである。以下の2つの報告としてまとめられている。 古賀奈穂研究員による「世田谷区における『小さなまちの拠点』形成」は、第32次地方制度調査会答申で提示された地域における多様な主体の連携・協働によるプラットフォーム形成などの議論を踏まえつつ、「あり方研報告書」で焦点が当てられた「小さな拠点」に着目し、独自に再定義した「小さなまちの拠点」に関して論じたものである。古賀報告では、世田谷区での「小さなまちの拠点」の必要性を時代状況の変化や昨今のコロナ禍の現況を踏まえつつ述べるとともに、区内外の事例をまじえて、「小さなまちの拠点」をめぐる論点を抽出し、世田谷区において地域コミュミニティを論じる際に求められる議論の輪郭を描き出している。 世田谷区のコミュニティ資源の豊富さは、自主・自律的な「小さなまちの拠点」の活動によるところが大きいと考えられるが、古賀報告は、これら「小さなまちの拠点」について、これまでの活動状況の推移や直面する課題などを踏まえたうえで将来予測に踏み込んだ実態調査研究の必要性を浮き彫りにしたといえる。当研究所の今後の主要なテーマに据えて推進するうえでの起点となる報告と位置づけられる。 田中陽子研究員による「地区レベルの地域コミュニティと区行政のかかわりかた」は、地域コミュニティ及びそれに対する区の支援の概況を総括したうえで、アンケート調査及びヒアリング調査に基づき、地域と行政とのインターフェイスの現状把握を行なった調査研究である。したがって、第1のパートと次に述べる第2のパートを架橋する調査研究と位置づけられる。 田中報告は、とくに地区まちづくりセンターで地域行政や地域コミュニティをどのように受け止めているかの実態を明らかにした点が重要である。田中報告による実証研究から導かれたインプリケーションズを活用し、(仮称)地域行政推進条例策定をはじめ現在進められている地域行政の制度設計の検討に資するような政策提言等として、次年度速やかに具体的に取りまとめるものとする。 (2)地域行政に関する研究 第2のパートは、第1のパート同様に昨年度の「地域行政の推進に関する研究」及び「あり方研報告書」の提言の一項目(「提言5 新たな地域行政制度の確立」)にも掲げられた、地域行政に関する研究である。 志村順一主任研究員による「地域行政に関する研究」は、世田谷区の地域行政制度を他の特別区や指定都市等の大都市制度との対比で論じたものである。地域行政をトータルに捉えるうえで検討されるべき多様な論点について包括的な整理を試みている。志村報告は、世田谷区の地域行政制度を客観的に理解・把握するうえでも、人口規模の大きさという特質とともに、それのみには還元できない視点からの分析が必要であることを浮き彫りにしたといえる。 なお、地域行政制度に関する調査研究の一環として、区が進める(仮称)地域行政推進条例案の策定に資するべく、地域行政検討委員会や地域行政課に随時、必要とする資料提供やコンサルティングを行うなど、志村主任研究員を中心に重要な貢献を果たしてきたことを申し添えておきたい。 (3)パーソナルネットワークに関する研究 第3のパートは、パーソナルネットワークに関する研究であり、本研究所設立以来注力してきた家族・地域を対象とした社会調査研究の系譜に連なるものである。 金澤良太特別研究員による「パーソナルネットワークにおける恋人との紐帯を測定する意義」は、都市社会学におけるパーソナルネットワーク研究の意義を明らかにしたうえで、特別区長会調査研究機構の2019年度調査のデータの一部を活用して世田谷区における壮年単身者のパーソナルネットワークについて、特に恋人等に着目して分析したものである。 金澤報告は、調査手法のあり方をも射程に入れた点で、今後の調査研究の設計に貢献するものであると同時に、ミクロな個人から出発し、地域コミュニティや行政との関係性を射程に入れて論じる分析枠組み及び方法論を提供した点に意義が認められる。 3.次年度以降の調査研究について 適切な自治体経営がより豊かな地域資源の形成を実現する。豊かな地域資源の形成がよりよい地域社会の形成につながる。そして、よりよい地域社会の形成が自治体経営の基盤を強化し、より向上させる。地域ガバナンスの好循環をこのように定式化したとき、こうした循環システムが適切に構築され、円滑に機能するよう、調査研究を踏まえた具体的な提言によって世田谷区政をサポートするのが、せたがや自治政策研究所のミッションである。 本年度の調査研究では、社会関係資本に関する現状認識と課題を示したが、さらに、社会関係資本に関する実証的な実態把握が来年度以降の主要な調査研究テーマとなる。すなわち、コミュニティ資源、(地域)行政資源、パーソナル・ネットワーク資源それぞれについて、(a)現状でどの程度のボリュームで存在しているのか(例えば、コミュニティ資源でいえば、どのようなタイプのリソース(古賀報告で言及された地域共生の家のほか、例えば、通いの場や子ども食堂など)がどの程度存在しているのか、など)、(b)どの程度、どのような形態で相互に関連づけられているのか(例えば、行政主導で設置された各種協議会がコミュニティの意思をどの程度反映し、地域行政に活用されているのか、など)、(c)どのように変化してきており、今後どのような変化が予想されるのか(例えば、補助金を交付してきた各種事業の活動状況はどのような状況にあるのか、施設運営は持続可能な状況にあるのかとうか、など)、(d)以上(a)?(c)について世田谷区と、例えば、他特別区など他自治体との間で、あるいは、世田谷区内の地域間で、どれだけ、どのような差異があるのか、差異があるとしてどのような事由によるのか、などである。これらについて、必要に応じてデータ活用の要請に答えられるような定点観測体制を確立することが急務の課題である。 冒頭で述べたとおり、次年度以降の3ヶ年計画にしたがい上記事項を中心に調査研究を進める。これまで14年間にわたる本研究所の調査研究の蓄積を活かす一方で、未着手であった課題等をカバーしていくことで、世田谷区の地域ガバナンスを包括的に捉える調査研究を進展させたい。 また、プロジェクトとしては別立てとなっているが、「データの整備と活用」(プロジェクトC)で取り組むEBPMやデータ重視のスタンスはこれら調査研究にも着実に反映すると同時に、調査研究の成果はNewsletterやセミナー(本研究所が主体的にコーディネートした職員参加型の「庁内オープンゼミ」など)を通じて発信するなど、「情報発信」(プロジェクトE?2)を積極的に推進することで、区政への貢献につなげたい。 また、調査研究体制としては、研究所所員を主力メンバーとしつつも、例えば、必要に応じて、客員研究員や研究会メンバー等を庁内公募等で募る、関係部署間と連携を図るなど多様で柔軟な手法を活用しながら、より充実した調査研究体制を構築することを目指していきたい。