音楽と美術この一枚 アンリ・ルソー  フリュマンス・ビッシュの肖像  恋人への「愛」が創作の源に 素朴画家として知られるアンリ・ルソー(1844-1910年)がアマチュア作曲家でもあったことはあまり知られていないだろう。 1888年に死んだ愛妻クレマンスを偲んでルソーはワルツを作曲した。 彼はその楽譜を自費で印刷し、ピカソのアトリエでの夜会や、自宅で催した夜会でも、このワルツをヴァイオリンで弾いたという。 意外なことにも、彼はフルートやクラリネットも演奏できたらしい。 2013年に「アンリ・ルソーから始まる」という展覧会にあわせて、世田谷美術館で、この楽譜をもとに編曲した弦楽四重奏とともにヴァイオリン独奏が演奏された。 四重奏は世界初演といってもいいだろう。 調性が全曲ハ長調というのは作曲の常識から考えられないという指摘がある一方で、そこにルソーらしさを見る向きもあり、意見の分かれるところらしい。 愛妻クレマンス亡きあと、実はルソーはある女性に心を寄せていた。 だがその女性はフリュマンスという男性と結婚してしまった。 しばらくしてフリュマンスは亡くなり、悲嘆にくれる夫人を慰めるために描いたのがこの肖像画だった。 どうやら双方に共通するのが恋人への愛で、ともに創作の源となっているのである。 自宅に掲げられた看板には「デッサン、絵画、ならびに音楽、自宅教授、授業料低廉」とある。 偉大なる日曜画家は、実は音楽で生活費を稼ぐ音楽家でもあったのだ。 紹介してくれたのは 世田谷美術館 学芸員 矢野 進さん 担当した主な展覧会に、「瀧口修造と武満徹展」、「花森安冶と『暮しの手帖』展」、「植草甚一/マイ・フェイヴァリット・シングス」、「東宝スタジオ展 映画=創造の現場」など。 音楽と本この一冊 吉田篤弘『78(ナナハチ)』SPレコードから紡ぎ出された13章の物語 ナログレコードに今再び注目が集まっている。 日本レコード協会発表のデータによると、2015年の国内生産枚数は前年比165%だという。 レコードには大きく分けてSP、LP、EPの3種あり、それぞれサイズと回転数が異なる。 最も歴史が古いのがSPで、かつて蓄音機で聴いていたもの。 第二次大戦後、ポリ塩化ビニールで作られたLPとEPが実用化され、その普及とともに姿を消した。 本書の題名のナナハチとは、SPレコードの俗称。 その回転数に由来する。 著者は、入手したSP盤のタイトルやアーティスト名、収録楽曲から着想を得て、13章の物語を執筆した。 各章の扉には、元となったレコードのレーベル面がレイアウトされている。 スウィングの王様、ベニー・グッドマン楽団もあれば、歴史の中に埋もれたマイナー楽団もある。 半世紀以上昔のSP盤から、想像を膨らませて小説を創作するという趣向だが、短編小説集というわけではない。 本作は、章ごとに語り手を変えながら、全体として、いくつかの物語を併走させる仕組みになっている。 読んでいると、視点や舞台が唐突に飛ぶので初めは混乱するが、やがて個々の物語が響き合い、交わっていくところに醍醐味がある。 しかも、時系列がランダムになるよう構成されているので、いわゆるラストシーンは第7章に置かれている。 まるで『78』という名のアルバムを「シャッフル再生」しているかのような一冊なのだ。 紹介してくれたのは世田谷文学館 学芸部 大竹嘉彦さん 世田谷文学館は2016年9月16日金曜日から2017年4月21日金曜日まで(予定)、全館改修工事のため休館中です。 休館中の活動については、公式サイト(http://www.setabun.or.jp)をご確認ください。