喜多見地区ミニコミ紙「のがわ」 発行号、第101号 発行日、2022年7月発行 発行者、編集委員会 事務局、喜多見まちづくりセンター、03-3417-3401 管内データー 2022年6月1日現在 人口33,185人、前号比317人増 男16,407人、女16,778人 世帯数15,882世帯、前号比244世帯増 ご協力ありがとうございました。 春の古着・古布リサイクル回収量は15,640kgでした。(5月15日実施) 次回の古着・古布回収は11月の予定です。 1面 古道シリーズ@ あの道この道 いかだ道を歩いてみた 喜多見管内を、鎌田から宇奈根、喜多見へと貫いている古道があります。それが「いかだ道」です。 筏乗りたちの帰り道が「いかだ道」と呼ばれ、村の要所に筏乗りのための宿屋や商いをする家ができ、次第に栄えていったそうです。 今は多摩堤通りや世田谷通りができ、道の様子も変わってしまったところが多いのですが、幸い喜多見地区は古道の面影が残っているとのことで、管内のいかだ道を、編集委員たちで筏乗りと同じように歩いてみました。 筏流しと筏道 江戸時代、町が発展するにしたがって大量の木材が必要になり、奥多摩の森林から伐採された木材は、筏に組まれて多摩川を下り、江戸の町まで運ばれたといいます。 それを筏流しといい、筏師たちが多摩川の羽村の取水堰を通り、3日から1週間かけて六郷にむかい、仕事を終え64q程の道のりを1泊2日で帰路に就いた道がいかだ道だと言われています。 今は狛江や世田谷の一部にこの名の名残があるのみとなっています。 筏流しは、鉄道や道路が整備されはじめた大正時代まで続いたそうです。 資料は、江戸末期〜昭和初期頃の喜多見の地図です。元喜多見中部町会会長北村洋明氏によって補筆されたものです。 出典元は、「ふるさと世田谷を語る 祖師谷・成城・喜多見」です。(平成10年3月発行) 2面と3面 「いかだ道」を2コースに分かれ歩きました。 @鎌田〜宇奈根〜知行院コース 調べによると、こちらのルートもあったようです。 歩いたコースと写真の説明 1、鎌田駐在所前を出発 2、今回は、鎌田天神社を寄り道 町会でお世話になっております 3、大蔵氷川神社 庚申塔が祀られている 4、永安寺手前を左折 5、野川に架かる町田橋を渡る 6、宇奈根を通り知行院へ 二つのコースが合流します A下宿〜知行院〜喜多見銀座〜念仏車〜二の橋コース 歩いたコースと写真の説明 1、下宿を出発 2、知行院 いかだ道と登戸道(青山道)の交差するこの辺りは店が立ち並び、いつの頃か、一部地元の方は「喜多見銀座」と呼んでいたとか、いないとか? 3、左側に足袋屋があった。 4、鍛冶屋 庭の奥まで案内していただき、金屑山 (鍛冶で削られた金屑を捨てた山)の上に安置されたお稲荷様の社に参拝しました。 5、キタミクリーンファーム脇に社を発見 6、中道との分岐にある念仏車。右側にだんごやがあった。 念仏車の隣、庚申塔と地蔵像が安置されており、いつも所有者の手によって清められ、花が供えられています。 念仏車とは 石柱をくり貫いた中に「南無阿弥陀佛」と刻まれた木製の車輪があり、念仏を唱えながら廻すもので、一回廻すごとにお経を一巻唱えたと同じ功徳があるとされています。 銘文によると、文政4年に喜多見郷の「女念仏講中」によって建てられたとされています。(世田谷区教育委員会の説明板より) 今は、文字がうっすら読める程度ですが、所有者のお話では、以前慶元寺で文字を書いていただき、それを彫って付け換えたそうです。 取材を終えて この筏道取材散歩で私が一番印象深く感銘を受けたのは、筏道の岩戸境近くで中道と交差した銭湯丸正湯のそばにひっそりたたずむ念仏車と庚申塚である。 私は今まで幾度となくその前を通りながら、全く気にしなかった鈍感さに恥じいるばかりである。 仕事を終えた筏師たちが、私の想像だが水棹 (みさお)を担いで、この筏道を粋なそろいの半被姿で、意気ようようと歩いていたのではなかろうか。 約二時間ちょっとの探索ではあったが、それにしても積年の重さをじっくり味わった一日であった。 石倉靖久 5月、地域の賑わいが3年ぶりに戻ってきた(宇奈根の渡し&次大夫堀公園田植え) 宇奈根の渡し 5月8日(日)晴れのちくもり 川風が気持ちよく吹く多摩川と河川敷にて、喜多見児童館中心に「宇奈根の渡し」が実施されました。 人数制限がおこなわれ河川敷での模擬店等も開かれない中ですが、久方ぶりの外でのイベントに気持ちが浮き立ちました。 来年は10周年になるとのこと、賑やかに開催されるよう祈ります。 次大夫堀公園田植え 5月25日(水)晴れ 始めはおそるおそる田んぼの中へ入っていた小さな子どもたちが、最初にもらった苗を全て植え終える頃には、苗のおかわりをもらうくらい田植えを楽しんでいました。 また東京で田植えの体験を再開できるようになったことは喜ばしく思います。 各団体に分散来場など、密集を避ける対策をとりながらの開催。一般も約40人ほどの参加がありました。 町会・自治会リレートーク 鎌田協和会 内山和之会長 鎌田協和会は、喜多見ブロックの南に位置し野川と仙川が流れる二つの川に面した、喜多見地区の中でも比較的小さな面積の町会です。 居住する人口も他の町会と比べると少なく、小さな町ですが、町内には、砧南小学校、砧南中学校が有り、又 図書館、児童館を含む鎌田区民センターや堂ヶ谷戸公園、 そして小さいながら鎌田天神社を構え皆の心の支えと成って居り、年間の色々な行事もここで行っております。 喜多見地区や砧地区の町会自治会共連携を取り、環境的にもとても住みやすい街です。コンパクトな街なので町会に以前から住む方々は、皆顔見知りと言った感じで日々生活をしています。(それが、防火、防災面に反映されていると思います) その半面 近年では新しい住宅やマンションが次々と建ち、若い方々が入居され、街も少しづつ様変わりし、若返りの兆しが見えてきています。 新しく町会に引っ越して来られた方々も徐々に町会活動に賛同して頂いていますが、これからは街ぐるみ一つの輪になる様、一人でも多くの方々に町会活動に参加頂き、皆さんが楽しく住みやすく、そして鎌田協和会が活気付く街に成る様に頑張って活動していきたいと思います。 4面 のがわ100号その後 1、「のがわ」100号を読まれた方から、鎌田の田園風景として掲載した写真について「水道橋から砧小学校へ向かう喜多見6丁目付近では?」とのご意見をいただきました。 写真の提供者も場所が明確ではなく、不確かな説明を掲載していました。教えていただいてありがとうございました。 2、6月2日(木)、100号に寄稿してくださった渡会久子さんに、編集委員会にお越しいただき、お話を伺いました。 第一声から張りのある声。満州からの引き上げの話、子どもの頃は東宝撮影所やお寺が遊び場だったという思い出や遠足の話など、次々にユーモアを交えて語られ、その記憶の鮮明さに驚かされました。 また、紙面を読んだ多くの教え子から手紙や電話が相次ぎ、何十年ぶりの再会や新たな交流が始まったことを嬉しそうに話してくださり、思わぬ反響に、編集委員が皆、100号の制作に携われて良かったと思えた瞬間でした。まだまだ学び続けたいという探求心にも脱帽! 渡会先生、いつまでもお元気で。 夏の主な行事、問い合せ先は、喜多見まちづくりセンターで、電話は03-3417-3401 喜多見北部町会主催、おうちでラジオ体操は、8月20日土曜日から8月30日火曜日まで(要申込) 喜多見西部町会主催、夏まつりは中止 喜多見中部町会主催、夏休み子ども会は中止 喜多見東部町会主催、夏休み子ども大会は中止 喜多見上部自治会主催、砧っ子夏まつりは7月20日水曜日16時kら19時で砧小学校校庭、夏休みしめくくり子ども会は、8月28日日曜日で砧小学校校庭(雨天の場合は体育館) 喜多見2丁目団地自治会主催、団地まつり(実行委員会)は中止 宇奈根町会主催、 盆踊り大会は、7月23日土曜日18時からで宇奈根氷川神社境内 鎌田協和会主催、鎌田納涼盆踊りは中止 鎌田南睦会主催、自転車乗り方教室とすいか割り大会(砧南小PTA 校外委員共催)は7月23日土曜日9時で鎌田区民集会所、納涼盆おどりは中止、夜間パトロールは、8月10日水曜日、20日土曜日で鎌田2丁目集合 喜多見商店街振興組合主催、 喜多見商店街盆踊りは、7月30日土曜日、31日日曜日に喜多見駅前広場(雨天中止) 世田谷区区民まつり実行委員会主催、世田谷ふるさと区民まつりは、8月6日土曜日、7日日曜日11時から19時で若林公園および松陰神社周辺 喜多見地区区民まつり実行委員会主催、喜多見地区区民まつりは中止 世田谷区たまがわ花火大会実行委員会主催、世田谷区たまがわ花火大会は中止 新型コロナウイルス感染症の影響等により、内容が変更になる場合があります。 人事異動 町会および自治会 喜多見中部町会の早川みつる前会長に代わり、城田隆博会長に 都営喜多見2丁目団地自治会会長の菊地朗前会長に代わり、古結信良会長に まちづくりセンター職員 まちづくり・防災担当係長の香取真理子が地域行政部地域行政課へ転出。奥田奈波が喜多見まちづくりセンターから転入。(昇格) 職員の會沢千尋が道路・交通計画部道路事業推進課より転入。 非常勤の吉野典子が砧総合支所区民課へ転出。薮田理枝子が砧総合支所区民課より転入。 編集後記 「のがわ」100号は、カラー版ということもあり、皆様から「懐かしい」「今とは全然違う」など、多くのご感想をお寄せいただきました。 渡会先生にも、かつての教え子たちからご連絡があり、何十年ぶりで新たな交流が深まっているそうです。 喜多見まちづくりセンターに展示した写真もご覧いただけたでしょうか。 今号からは、この地域にある古道をご紹介していきます。1回目は「いかだ道」。毎日何気なく通っていても知らないこともあるこの道を、鎌田から狛江市との境、二の橋まで、当時の筏乗りと同じルートで編集委員たちが実際に歩いてみました。 昔の面影やそれを代々大切に守ってきた人々の暮らしを垣間見ることができ、歴史がグッと身近に感じられました。 残念ながら道標や石碑が見当たらず。物足りなくなって、数日後夫と二人、足を延ばして狛江から調布まで筏道の痕跡を追ってみました。 曲がりくねった道をたどり、合流地点や標識を見つけるたびに嬉しくなり、道すがら神社やお地蔵様に参拝し、当時の筏乗りや往来する人々に思いを馳せる一日となりました。 大國魂神社へ続く品川道、旧品川みちが筏道となり、その先も府中を通って青梅まで続いているのですが、今回はここまで。また続きをたどってみたいと思っています。(森谷) 編集委員会 編集長、荒川真佐子 副編集長、鈴木好子、森谷みどり 編集委員、奥田多佳子、田村弘美、石倉靖久、石井ゆか、佐藤壽夫、尾川史子、階有香、安澤秀f