青少年成城地区委員会子どもたちを見守る広報紙 平成24年第11号成城の風 発行者青少年成城地区委員会会長坂出雅海 事務局世田谷区役所成城出張所3482−1348 第12回せいじょう地域文化祭 平成23年12月4日成城ホール 私たち青少年成城地区委員会の最大の事業である地域文化祭が、今年もたくさんの方々のご協力で無事に開催されました。 約100名の中学生ボランティアとともに前日の準備から当日の後片付けまで、めいっぱい頑張って作り上げた、地域の手作りの文化祭。 12年間積み重ねた小さなアイデアや工夫、中学生や地域の方々のご協力の様子を、限られた紙面で、その一部ではありますがご紹介したいと思います。 中学生記者の見た地域文化祭 今年のせいじょう地域分か際は多くの方々が来てくれました。 舞台では、多くのバンドやダンスグループが熱いパフォーマンスを見せてくれました。4階では砧中学校の生徒による漢字の絵が展示してあり、 ユニークな発想があり面白いという声を聞きました。展示室では3つの中高とひとつのグループの力作がありました。他にも小さな子たちには ゴム鉄砲やボーリングなどのコーナーが大盛況でした。 今年の特徴は3月11日の東日本大震災の被災地に売上金を寄付するチャリティーバザーがあったことです。多くの方にご協力いただきありがとうございました。 僕は初めてこのボランティアに参加しました。大役をまかせてもらいプレッシャーがありましたが、とても楽しかったです。 みなさん、また来年も文化祭に来てください。 素まっぷ隊(平成24年3月3日) 今年度のテーマはみんなで探そう成城の絶景、われら成城の名カメラマン!第2回目の今回も、まちを歩きながら紙作りのカメラのファインダーから 景色をのぞき、眼に映った風景をフィルムに描いてみるという形で行いました。 中学生事業部より 中学生事業などと大げさな名前がついていますが、この部会で最近力を入れているのは中学生ボランティアの募集とその関わりです。 地区委員会と中学生ボランティアとの関わりは10年以上前からのことになります。今では私たちのメインイベントまでなったせいじょう地域文化祭が 砧中学校で行なわれていた頃から、生徒会の皆さんを中心に中学生にもお手伝いをお願いしてきました。 初めはごく少人数でしたが、中学生と関われる楽しさや意義を感じてボランティア募集人数も増えていきましたし、中学校の部活から率先して加わってくれることもありました。 また地域文化祭だけでなく、他の事業でも中学生に手伝ってもらいたいということから、昨年度からは中学生事業として今年初めに(6月にはなってしまいますが) 一括して募集することになりました。 今年度も砧と千歳の両中学校にボランティア募集のお願いに伺い、募集用紙の配布をさせていただきました。追加の募集もありましたが、 今年度は延べ126人のボランティアの中学生が活躍してくれました。また今回は各事業後にボランティアの皆さんに簡単なアンケートを取ったところ、 中学生の率直な意見や感想を聞くことができて大きな成果を感じました。中には文句や苦情もありましたが大半は感謝うあお礼の言葉にあふれ、やりがいを感じた、 またやりたいなどの回答でした。これらは私たち地区委員にとっておおきな励みになると同時に次への課題も示してくれたと考えています。 アンケートの中では仕事にやりがいを感じている様子とともに、もっと自分たちの手でやらせてほしかったという意見も混じっていたのです。 少数ではありますが、与えられた仕事をこなすだけでなく、もっと主体的に関わろうとする気持ちに中学生の力強さを感じました。 今ではせいじょう地域文化祭に中学生は不可欠な存在になっています。中学生との関わりを求め、お手伝いを期待していた当初とは中学生ボランティアの規模も 内容も変わってきています。中学校でのキャリア教育ともあいまって、地域で中学生を育てるという視点から私たちは中学生と関わっていく必要があるのでは ないかと改めて感じた一年間でした。 中学生からの投稿 成城には留学生会館があります(住所は上祖師谷)。その近くのスーパーや公園などでは留学生をよく見かけることがあります。留学生といっても様々な国の人がいるため、 共通語は英語。けれど人それぞれ母国語風に特徴があるようです。先日、フィールドフェスティバルに参加した際に青目のかわいい男の子をつれたお母さんがいました。 かわいかったので、しばらく見ているとその子がころんでしまいました。するとそれを見ていたお母さんは子どもに対して、目をきちんとあけていなさい、この一言を言って 立ち上がる子どもも見守っていました。それを見て私は安心感を覚えました。なぜなら、私も昔から親にそのように育てられていたからです。 このようなスタンスで日本で暮らしていると、ういてしまいます。そのため人とぶつかってしまうこともありました。 しかし広い世界でみると、正しさとうものにもさまざまな基準があるのだ、ということこのときに気づくことができました。