7ページ 羽根木公園の由来 羽根木公園はその昔、六郎ジというクワや鎌を造る鍛冶屋が住んでいたことから 「六郎次山」と呼ばれていました。 また大正時代末期、敷地の一部が根津財閥の所有であったことから「根津山」とも呼ばれるようになり、 土地の人達には、今なお「根津山の公園」、あるいは「六郎次山」と呼ばれています。 東京都は昭和31年にここを公園として開設し、 名称はこの地が東京都荏原郡せたがや村オオアザ世田谷アザ羽根木の飛び地であったことから 名づけられました。その後昭和40年に公園は世田谷区に移管され、総面積は約24,600坪(81,280u) となっています。 羽根木の梅林 羽根木公園は全体が小高い丘になっており、南斜面地は笹がおい茂っていましたが、昭和42年、世田谷区 議会議員に当選した55名の方々により、55本の梅の記念植樹が行われました。その後、昭和46年の東京 都100周年記念や、翌昭和47年の世田谷区制40周年などの記念植樹を経て、現在は紅梅270本、白梅380 本の650本を数える都内でも屈指の観梅の名所となりました。 羽根木公園の植樹の歴史 1967年 区議会議員選出記念植樹  1971年 東京100周年記念植樹   1972年 区制40周年記念植樹 1978年 第1回せたがや梅まつり開催 1988年 カナダ・ウィニペグ市表敬訪問記念植樹 1992年 せたがや梅まつり15周年記念植樹 1992年 オーストラリア・バンバリー市との姉妹都市提携記念植樹 1995年 太宰府からの「とびうめ」の寄贈 1997年 せたがや梅まつり20周年記念植樹 2003年 区制70周年記念植樹 2007年 せたがや梅まつり30周年記念植樹 2010年 (公社)北沢法人会社団化35周年記念寄贈植樹 2012年 せたがや梅まつり35周年記念植樹 2014年 サイタ実行委員長によるロウバイの寄贈植樹 2016年 せたがや梅まつり40周年記念植樹(1) 2017年 せたがや梅まつり40周年記念植樹(2) 2022年 サイタ実行委員長よるケンキョウの寄贈植樹 2024年 せたがや梅まつり45周年記念植樹 そのほか このページについてふめいなてんがあれば 0354323333のせたがやコールまでおといあわせください。