わ き み ず 第125号 2025( 令和7 )年 12月 仙川(せんかわ)の昔と今 粕谷 上祖師谷 わきみず 地域 しんぶん 近所を流れる仙川の上流の水源はどこにあって、下流はどうなっ ているの? 昔の仙川のことも知りたいなぁ。 なるほど…知っているようで知らないね。 さっそく一緒に調べてみよう! 仙川のなりたち 仙川は、上流端(起点)が小金井市の新小金井街道の下にあり、武蔵野市、三鷹市、調布市を通って世田谷区に入り、鎌田で野川と合流するまでの20.9㎞の一級河川です。 仙川の名称は、三鷹市の新川丸池公園の湧水池が水量豊富で、「千釜(せんがま)」と呼ばれていたことが由来とされています。 川は「せんかわ」、町名や駅は「せんがわ」と読み方が異なりますが、連濁(れんだく)という音の変化により「か」が「が」と濁り地名として定着したものです。 仙川の上流部分はコンクリートの細い水路で、水は流れておらず、一部暗渠化されていますが、三鷹市に入ると湧水の再放流(野川橋周辺)や、 三鷹市東部下水処理場からの高度処理水の放流(新川地区)によって水量が増え、私たちが知る仙川の姿になります。 下流部分は、成城大学のグランド横を通った後流れが早くなり、鎌田で一旦野川と合流した後に、多摩川に合流します。 昔の仙川 現在の仙川は、両岸に護岸壁があり川幅も広く、遊歩道も整備されていますが、昭和30年代に開発が進むまでは護岸壁がない川幅の狭い小川で、周囲では縄文土器も出土していました。 仙川は、周辺の水田の農業用水として活用されるだけでなく、子供たちの遊び場でした。 上祖師谷に長くお住まいの佐藤さんに昔の仙川の思い出を教えていただきました。 【昭和20~30年代の仙川】 昔の仙川は川幅が狭く、農作業用の丸太の橋もかかっており、大雨で丸太が流されると下流まで丸太を探しに行って橋をかけなおしていました。 川の周辺は水はけが悪くて雨が降ると泥だらけになるので、通勤・通学の人は長靴で千歳烏山駅まで歩いて駅前の靴屋さんで靴に履き替え、長靴は靴屋さんに預けて電車に乗っていました。 子供の頃は仙川でよく遊びました。川の水はとてもきれいで、フナ、メダカの他、竹(孟宗竹)の節を取って穴をあけて川に沈めておくと翌日にはウナギやナマズ、ゲバチ(ギバチ)が獲れました。 宮下橋の近くには農家用の洗い場があり、収穫した野菜などを洗っていました。 昭和30年代後半の東京オリンピックの建設ラッシュで、周辺の水田が大量の残土処理場所となったことをきっかけに、その後駒大グランド・寮の建設や宅地化などの開発が進み、風景が変わっていきました。 現在の仙川 仙川の水は、生活排水や工場排水などで大変汚れていた時期がありましたが、下水道の整備が進んだことにより現在は大変きれいになりました。 仙川沿いの遊歩道は、いつもジョギングや散歩する多くの人々が行きかっています。 今年で開園50年を迎えた祖師谷公園の中を流れる仙川の両岸には多くの桜の木があり、都内の桜の名所の一つとして桜の季節は多くの人が訪れます。 公園内の親水テラスでは定期的にコンサートが開催される他、トライアングルフェスタ等の様々なイベントも公園内で随時開催されるなど、私たちの憩いの場所となっています。 仙川の氾濫と避難所 1966(昭和41)年の台風4号(通称ビートルズ台風)の際は、流域全体で床上浸水6千戸弱、床下浸水3万戸弱の大きな被害が出ました。 有名俳優が水浸しになった地域を自宅に置いていたボートでまわり、周辺住民の避難を手伝ったとの逸話が残っています。また、2005(平成17)年の台風14号でも鎌田周辺で浸水がありました。 最近は下水道の整備が進み大きな被害は発生していませんが、大型台風やゲリラ豪雨による氾濫の可能性はあります。 世田谷区区発行の「洪水・内水氾濫ハザードマップ」を確認して、水害時の避難行動を事前に確認しておきましょう。 新しい橋 仙川には多くの橋がありますが、新しくできる道路(上祖師谷神明社横から駒大グランドに繋がる都道54号、宮下橋下流)に新設する橋の名称を選考中です。