喜多見地区ミニコミ紙「のがわ」 発行号、第113号 発行日、2026年7月発行 発行者、のがわ編集委員会 事務局、喜多見まちづくりセンター、03-3417-3401 管内データ 2026年6月1日現在 人口33651人、前号比78人増 男16616人、女17035人 世帯数16506世帯、前号比96世帯増 ご協力ありがとうございました。 春の古着・古布リサイクル回収量13420㎏でした。 次回の古着古布回収は11月15日(日曜日)の予定です。 1面 喜多見まちづくりセンター管内史跡案内」を片手にぶらぶらと 周辺の駅から距離がある「いかだ道」と呼ばれる街道に、お店が並んでいるのはなぜだろう。 高級住宅地と知られる成城は、100年程前の成城学園移転に伴う開発で喜多見から分かれてできた町。 喜多見の東の端にあたり、かつては「東之原」と呼ばれ、大正時代は農家が数件しかない土地。 昭和の頃は、屋敷林や畑が多くのんびりした地域でした。喜多見駅周辺は、北多摩郡砧村大字喜多見字野屋敷という地名。 江戸時代の元禄の頃に、この地の領主喜多見若狭守重政の下屋敷があったことから、野屋敷という字名にしたという説が。 早速、史跡案内を片手に、喜多見の町をぶらぶらと。 まずは、「ブラタモリ」でも紹介された慶元寺へ。 杉並木の参道を進んでいくと、山門の手前右手に江戸氏の座像がありました。 実は、江戸氏は都民第一号だった 平安時代末期。太田道灌が登場するよりざっと三百年もむかしのこと。 桓武天皇の流れをくむ名族の秩父重継が独立して居館を構えることになり、 「あちこち物色した末に、白羽の矢を立てたのが”江戸”というところ。新築記念に姓を江戸と改めた。東京都民第一号の誕生である。」 (参考文献「江戸城物語」より一部抜粋) ちなみに、 1130年秩父権守重綱の四男である四郎重継が、武州江戸神社で加冠(男子の成人を祝う儀式)を行い、今の皇居の辺りに館を構えた。 その約300年後の1456年、太田道灌による江戸築城のため、やむなく木田見に本拠を移す。一族家臣団や関係寺社 (江戸神社の分霊を祀ったのが、今の須賀神社)も共に木田見に移った。 1186年 重継菩提のため、二代太郎重長が、今の皇居紅葉山吹上付近に東福寺を建立。 1456年 木田見の前河内(今の浄水場付近)に移されたが、1468年多摩川大洪水で流失。 1540年 江戸氏の旧館地跡に再建した際、天台宗から浄土宗へ改宗、寺号も永劫山華林院慶元寺と改めた。 *多摩川大洪水…野田の台地と対岸の向ケ丘の台地を残すだけで、ほとんどが流失。 今の慶元寺の辺りにあった江戸氏の館はもちろん、神社仏閣民家はことごとく流失、当主の遠州守重簾も亡くなった。 2面 喜多見を知ろう! 繁栄の基礎 歴史の書物に木田見(喜多見)が出てくるのは、鎌倉時代。 1180年 源頼朝が、江戸の豪族である江戸太郎重長を「武蔵の大福長者」と称し、破格の優遇で鎌倉幕府樹立への力添えを命じた。 1183年 幕府樹立に貢献し、源頼朝より賜った武蔵七郷のひとつ「木田見郷」を分与された重長の二男が、木田見次郎と名乗り地頭となったのが始まり。 ❖天領となった喜多見に残る、御犬屋敷第一号! 陣屋近くに、幕府の御犬屋敷が建設された。中野や大久保に建てられる前に、試験的に建設されたため、規模は小さめ。 稲荷塚古墳は、古墳上にある石に犬を繋いでいた逸話や犬繋石があり、傍らに「犬繋石の墳」と彫られた石柱があるため、「犬繋塚」と呼ばれた。 「江戸」を遠慮して、「喜多見」を名乗る 23区唯一の藩、喜多見藩の栄枯盛衰一番栄えた頃を知ろう! 1681年 若狭守重政が五代将軍綱吉の御側衆となる。 1683年 重政の幕府への忠勤により、将軍綱吉に愛され異例の累進を重ね、一万石の大名へ。御側用人として御犬総支配を司り、御犬屋敷造営の指揮を執った。 1686年 一万石が加増されて、二万石を有した。 *重政が大名となり、喜多見氏館を陣屋に造営。当時の立藩は、築城を認められなかったが、喜多見村は喜多見藩の城下町のような賑わいだったという。 1689年 身内の刃傷沙汰が原因の連座でお家断絶となった。立藩からわずか6年であった。 第13回 宇奈根の渡し 5月10日(日)晴天の中、宇奈根の渡し実行委員会主催の「宇奈根の渡し」が今年も二子玉川緑地運動場を会場とする多摩川で開催されました。 午前10時過ぎ、世田谷区側の桟橋から川崎市高津区の対岸へ高津区長ら川崎市の来賓の皆さんを迎えに、世田谷区長を乗せた来賓便が出航してイベントが始まりました。 合計12便の渡し舟が運航され、喜多見子ども実行委員の子ども達が棹さしを務め、一生懸命舟を操っていました。 また、陸上ベースには多摩川に生息する魚たちを展示したミニ水族館や食べ物コーナー、ゲームコーナー、和太鼓体験コーナーなどがあり、会場を盛り上げていました。 宇奈根の渡しの役割 その昔、宇奈根村はもともと一つでした。多摩川の氾濫により川の左右に分断され、世田谷側が本村、川崎側が山さん野や (山谷)と呼ばれ、 それぞれの住民が対岸の畑地の耕作に出向く際の移動手段がこの渡しの役割だったようです。 また山野から砧小学校に通う子ども達もこの渡しで通学していたそうです。 3面 ブラックラムズ東京 リーグワン発足後 チーム初となるプレーオフ出場 2025-2026シーズンはチーム史上最高成績5位 「健康講座」や「見守り隊」、「ラグビー体験会」など多くの活動ですっかりお馴染みとなっているブラックラムズ東京。 なんと、2025-26シーズンでは、リーグワン発足後チーム初のプレーオフ出場権を獲得したのだ。 初めてのプレーオフトーナメント、ましてや対戦相手は今シーズン2敗している東京サントリーサンゴリアス。試合に臨む心境をスタッフの方に聞いてみたところ、 選手たちは「手強い相手ではあるが、これまで積み重ねてきたプレーを信じ、平常心を保ちながら細部へのこだわりを徹底し、勝利をつかむイメージを研ぎ澄ませている」 のだとか。静かに闘志を燃やしまくっているのがジワジワ伝わってきた。初めてのプレーオフ出場は、ファンにとっても、ワクワクがどうにも止まらない! そして、そのプレーオフ準々決勝の第1戦といったら、それはもう、ものすごい試合だった。17点差で迎えた後半、ブラックラムズ東京の怒濤の猛反撃であれよあれよと逆転!! 競技場のファンが大興奮の坩堝となった中、80分経過のホーンが鳴る。ほぼ全てのファンが勝利を確信した瞬間だったが、その4分後、相手のトライを許し、準決勝への切符が無情にも逃げていってしまったのだ。 なんという結末!悲鳴と涙のノーサイドとなってしまった。 結果は準々決勝敗退となってしまったが、まずは一歩進んだことを喜ぼう。昨年はあと少しのところでプレーオフ出場を逃し、悔しい思いをした。 今シーズン、数々の素晴しい試合を見せてくれたブラックラムズ東京に感謝の拍手を送りたい。 そうだ、来年は未年(ひつじ年)ではないか!まさにブラックラムズ東京の年になる予感が。多摩川の土手から見える、緑の芝が美しい宇奈根のグラウンドで、 練習に励む選手たちの姿を見ることができるし、シーズン前には練習試合もある。我々のまちで始動するブラックラムズ東京の更なる活躍が楽しみでしかたない。 町会・自治会リレートーク 鎌田南睦会 佐々木 研一 会長 鎌田南睦会のキャッチフレーズは、「みんなでつくる みんながつくる 鎌田南睦会」です。 今年度の活動の柱は「安心・安全に暮らせる町会」「人が集うにぎやかな町会」「子どもやシニア世代が元気に暮らせる町会」です。 その中の「人が集うにぎやかな町会」作りの取り組みを2つ紹介します。 ひとつ目は「盆踊りフェス」です。毎年開催している納涼盆踊りをブラッシュアップして、今年度から盆踊りが始まる前の時間を活用してステージ発表(路上ステージですが)と有志による出店を出すことにしました。 ステージではダンスや歌の発表を、出店はゲームや飲食店を予定しています。初めての取り組みですが、にぎやかで楽しい時間を皆さんと創り出したいです。 2つ目は、世田谷区や町会員、近隣の関係機関、賛助会員の方々と力を合わせて1月に開催している「どんど焼き」です。令和6年度からは国立成育医療研究センターとタイアップした取り組みを始めています。 毎年、成育医療研究センターでクリスマスに向けて作成しているおりがみツリーの一部をいただき、私たちが作る櫓と一緒に焚き上げています。 子どもたちの健康と幸せを祈り焚き上げるこの取り組みは、これからも続けていきます。 春の全国交通安全運動 4月6日(月)から15日(水)の10日間、春の全国交通安全運動が実施されました。今年は4月から自転車にも「交通反則通告制度(いわゆる青切符)」が適用になったことから、特に自転車を利用する皆さんに向けて、交通ルールや安全運転が呼びかけられました。 青切符の対象は、16歳以上の自転車運転者。新しい制度により違反者に対する実効性のある責任追及が可能となり、また交通違反で検挙された時には手続きが簡略化され、取り調べや裁判を受けることなく反則金の納付などスピーディーな違反処理ができるようになりました。 私たちはは、青切符を恐れるのではなく、「自転車は車両の仲間」であることを忘れずに、交通ルールを守り、互いに思いやりをもって安全に乗りましょう! 4面 花でつなぐきぬなんスマイルプロジェクト 5月14日、砧南小学校の6年生が5年生の秋に立ち上げた「花でつなぐ きぬなんスマイルプロジェクト」で育てたマリーゴールドが、お世話になった地域の方々に届けられました。 プロジェクトは園芸部、デザイン部、広報部、環境整備部、営業部の5つの部に分かれ、花を育ててお届けするまで児童の皆さんが考え、活動したそうです。 鎌田駐在所では早速植え替えて入口に飾られていました。 夏から秋の主な行事  お問い合わせ先、喜多見まちづくりセンター 電話番号03-3417-3401 喜多見北部町会 災害時「共助」の防災訓練は9月27日(日)町内全域で実施 喜多見西部町会 西部町会まつりは9月26日(土) 14時半から18時半 滝下橋緑道中央広場で実施 喜多見中部町会 中部町会夏休み子どもまつりは9月5日(土) 15時から17時 喜多見中学校中庭で実施 喜多見東部町会 東部町会子ども会は9月27日(日) 12時から 須賀神社境内で実施 喜多見上部自治会 砧っ子夏まつりは7月18日(土) 15時から 砧小学校で実施 夏休み締めくくり子ども会は8月30日(日) 16時から 砧小学校体育館で実施 喜多見2丁目団地自治会 団地まつりは9月12日(土)、13日(日) 12時から 団地ローラー公園で実施 防災訓練は10月18日(日) 10時から 団地ローラー公園で実施 宇奈根町会 宇奈根町会盆踊り大会は7月18日(土)宇奈根氷川神社境内で実施 鎌田協和会 鎌田協和会盆踊り大会は7月25日(土)鎌田天神社境内で実施 鎌田南睦会 自転車安全教室&こども夏まつり(砧南小PTA 校外委員共催)7月12日(日) 9時30分から11時30分 鎌田区民集会所で実施 盆踊りフェスは7月31日(金) 15時から20時 ゆうぽうとレクセンター駐車場で実施 夜間パトロールは8月7日(金)、20日(木)19時55分から 町内全域(鎌田2丁目南公園集合)で実施 ご近所クリーンアップ大作戦は9月6日(日) 9時から10時15分 町内全域(鎌田2丁目南公園集合)で実施  家族で防災フェスタ2026は9月13日(日) 10時から12時 東京都市大学総合グラウンド駐車場で実施 お祭り 須賀神社祭礼は8月1日(土)、2日(日)湯花神事で実施 鎌田天神社祭礼は10月11日(日) 御神輿巡行 宇奈根氷川神社祭礼は10月12日(月・祝)御神輿巡行 喜多見氷川神社祭礼は10月18日(日)御神輿巡行 喜多見商店街振興組合 喜多見商店街盆踊り大会は7月25日(土)、26日(日)喜多見駅前広場で実施 青少年喜多見地区委員会 多摩川のひろ~い河原であそぼうは9月26日(土) (雨天中止)二子玉川緑地ピクニック広場公園で実施 世田谷区たまがわ花火大会実行委員会 たまがわ花火大会は10月3日(土) (荒天中止)二子玉川緑地運動場で実施 多摩川クリーン作戦は10月4日(日) (荒天中止)二子玉川緑地運動場で実施 人事異動 まちづくりセンター職員 転出 奥田 奈波 成城まちづくりセンター 転入 栗本 祐一 編集後記 なつかしい食の記憶 母に聞いておけばよかった。「ひねずしの作り方」「干し柿の作り方」「押し寿司」「べっこ」。 ひねずしは郷土料理なれずしの一種。ご飯と麹、塩漬けした蕪、塩ぶり、これらを交互に樽に敷き重石をかけて長時間熟成させる。 なんとも玄妙な味。今田舎からお取り寄せしてもあの時の母の味には遠い。家庭にそれぞれの味があったのだろう。 東京に出た娘に送ってくれた干し柿。重箱ほどの箱に三段ぎっしりときれいに白い粉が吹いた干し柿が入れられていた。あの一箱にどれほどの手間が、愛情が込められていたのだろう。 いったん干しあがったものをさらに何度も揉んで平たく形を整え冷暗所に保管、カビの繁殖を避け真っ白に粉が吹くのを待つ。 職場に持って行った時の皆さんの賞賛が嬉しかった。お祝いや行事のたびに作ってくれた「押し寿司」「べっこ(寒天のたまご寄せ)」どの田舎にもどの家庭にも伝えるべき料理と食材があった。 また、子どもたちは遊びの中で様々な野草を食べていた。スイバ、チガヤ、野イチゴ、グミ、アケビなどなど。おいしくて柔らかい時期のものを上手に探して食べた。 グミなどは黒部川の河原にいっぱい自生していた。お小遣いもなく便利なコンビニなどあるわけもなく、子どもたちは賢くおなかを満たしていたのだ。 喜多見地区でもちょっと前までは同じような食の生活があったに違いない。素朴だけれど滋味に富み、また家庭で伝承した。なんと豊かな食文化だったのだろう。 今はお金さえ出せば、欲しいものも三ツ星レストランの美味も簡単に手に入る。あの時代には戻れないが、あの思い出だけは輝いている。(荒川) 編集委員会 編集長 荒川真佐子 副編集長 鈴木好子・森谷みどり 編集委員 水野みゆき・窪田貴子・山本浩美・佐藤壽夫・海老澤義行・髙階有香・青木恵子