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若林地区の紹介

更新日:平成31年4月1日

ページ番号:0136140

地区の範囲と面積

若林地区は若林(1丁目~5丁目)、三軒茶屋2丁目で成り立っており、面積1,169平方キロメートルで、世田谷区の中心からやや東寄りに位置しています。

人口・世帯数

人口27,587人

乳幼児人口(0~4歳)1,102人

年少人口(0~14歳)2,851人

老年人口(65歳以上)5,031人

世帯数16,350世帯

(補足)世田谷統計情報館より(平成31年4月1日現在)

(補足)詳細は「若林管内地域人口面積(PDF形式 99キロバイト)」をご覧ください。

地区内の道路

中央を南北に環状七号線が、東西方向に北境界付近を淡島通り・中心を世田谷通り・南境界を駒留通りが通っています。また、三軒茶屋一丁目と二丁目の境を国道246号線が区切っています。

地区内の電車

東急世田谷線が、東側境界付近の西太子堂駅・環状七号線の脇の若林駅・西側境界付近の松陰神社駅を東西方向に走っています。

地区内の施設

地区内の施設は「若林まちづくりセンター管内施設一覧(PDF形式 158キロバイト)」をご覧ください。(平成31年4月1日現在)

地区の歴史

若林の歴史

若林は古くからずっと農業をいとなむ村でしたが、大正12年の関東大震災後の被災者が移り住み、また、大正14年東急線が三軒茶屋~下高井戸まで開通したことにより、大幅に人口が増加し、首都圏近郊の住宅地となっています。

 昭和39年(1964年)オリンピックが東京で開かれることに起因して、環状七号線の工事が始まりました。現在、若林の町の真ん中を環状七号線が通っており、沿道にはマンションやビルが立ち並んでいます。

三軒茶屋の歴史

大正12年(1923年)の関東大震災後、都心で家を失った人たちが、玉電の通る交通便利な三軒茶屋に多く流入し、人口が急増し商店街やマンションが急速に発展しました。これにより、現在の三軒茶屋には世田谷区の中でも有数の繁華街が形成されました。また、オシャレなまちというイメージから「住みたいまち」などのランキングに名を連ねる人気の住宅地としても有名です。

(補足)地名について

三軒茶屋という地名は、大山道(現在の世田谷通り)と分かれた大山道(現在の国道246号)が二股に分かれるところに、田中屋・石橋屋・角屋という三軒の茶屋が早くから店を営んでいたところから、道中の休みどころの目標として呼ばれだしたのが始まりです。 

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このページについてのお問い合わせ先

世田谷総合支所 若林まちづくりセンター

電話番号03-3413-1341

ファクシミリ03-5486-7666

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