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平成30年8月の「区長の談話室」(ゲスト:入江杏氏)

更新日:平成30年9月10日

ページ番号:0161521

平成30年8月の「区長の談話室」

8月5日・12日放送 区長の談話室 「悲しみを生きる力に!グリーフサポート」

(補足)12日は5日の再放送です。 

 「グリーフ」とは、死別等によって、大切な人や物を失って感じる大きな哀しみや傷つき、そして様々な心身の反応のことをいいます。区では、グリーフや心の痛みを抱えてひとりで悩んでいる方などに寄り添う支援として、「グリーフサポート事業」を実施しています。自らの悲しみの体験を生きる力として、グリーフサポートに取り組んでいるゲストにお話を伺います。

 ゲストの体験、グリーフサポートとは?   

  • (パーソナリティ)皆様、いかがお過ごしですか。『区長の談話室』の時間です。保坂展人区長、今日もよろしくお願いいたします。
  • (区長)よろしくお願いします。
  • (パーソナリティ)さて今日は、「悲しみを生きる力に!グリーフサポート」について、お送りします。区長、グリーフという言葉、あまり私は馴染みがない言葉だと思うのですが、どのようなことなのでしょうか。
  • (区長)人間、いろいろ人生の中で傷ついたり、悲しみを受けることがあると思うのですが、その深い傷であるとか悲しみについて、表しているのかなと思っています。
  • (パーソナリティ)そうなのですね。ということで本日のゲストをご紹介いたします。「ミシュカの森」主宰、上智大学グリーフケア研究所非常勤講師、そして世田谷区グリーフサポート検討委員の入江杏さんです。よろしくお願いいたします。
  • (入江氏)よろしくお願いいたします。
  • (区長)このエフエム世田谷に出ていただくのも初めてだと思うのですけれど、未解決の、2000年暮れにあった、18年前のいわゆる世田谷事件と呼ばれている事件がありました。上祖師谷の現場の一軒家に見えるのですけれど、2世帯で2つの家族が真ん中、非常に遮音性のある壁で暮らされていた。朝起きてみたら妹さんのご夫婦と可愛いお子さんたちが殺害されていたと。入江さん自身は、ご主人とお子さんとお母様ですよね。(と一緒に住んでいらっしゃった)
  • (入江氏)はい、私と妹の実の母です。
  • (区長)そういうつまり、事件の現場で、しかも大変な報道陣に囲まれて表にも出られなかった、ということなんですね。2012年に私が区長になってまもない頃、「犯罪被害のことを考える集い」にお越しいただきました。初めて私も入江さんのお話を聞いて、その時が事件当時から10年と少し経って、初めて成城の地を踏んだ時だったと…。
  • (入江氏)そうですね。すごくドキドキしました。
  • (区長)それ以来、いろいろお話を伺っています。
  • (入江氏)ご縁をいただいてありがとうございます。
  • (パーソナリティ)私たちもよくその事件のことは知っていて、どうなったんだろうというところでまた、世田谷とつながりがあるということなのですね。悲しみからの回復やきっかけについて伺いたいと思うのですが。
  • (区長)事件の方も未解決なので、どんな情報でも欲しいということで、警察の方でもずっと情報提供を呼びかけていますけれど。
  • (入江氏)そうですね。
  • (区長)是非ですね、18年という時間が流れていますけれど、有力な情報があったら寄せてほしいと思いますね。
  • (入江氏)本当にそうですね。この前も警察の方とお話しして、事件解決のためにできることはしたいなと思いまして。今日は事件の話をしに来たわけではないのですけれど、はじめにこのことをお伝えしておきたいなと思っています。
  • (区長)ぜひ協力を皆さんリスナーの方、よろしくお願いします。
  • (入江氏)よろしくお願いいたします。
  • (パーソナリティ)ありがとうございます。そして今日のお話なのですけれど、今の活動に至るまでのいきさつなどを伺ってもよろしいでしょうか。
  • (入江氏)今、区長のお話からもありましたように、区長になられて、2012年ですね。まだその当時、成城に行くということも何となくつらいという中で、成城ホールに行きましたら、首長さんが最後までお話を聞いて下さるのはけっこう珍しいことなのですけれど、最後までお話を聞いて下さいまして、世田谷区にできることを何かしたいとおっしゃって下さいました。私も世田谷の地を事件後本当につらくて、すぐに引っ越してしまうのですね。今、世田谷事件の当事者というと、事件現場を捜査協力ということで残していますから、「今でもお住まいですか」と聞かれるのですけれど、申し訳ないことにすぐに引っ越してしまうのです。今は港区民ですけれども、それでも世田谷の方々に、妹たちが生前お世話になっていた、そしてそのことの、感謝をお伝えする間もなく引っ越ししてしまって、この悲しみの記憶だけという中で、区長にお声を掛けていただいて「私も何かできることがあるんじゃないか」ってその時思ったのです。で、実際、区長がいらして下さった講演会にもやはり何人かいらっしゃって。
  • (区長)元々お知り合いの方ですね。
  • (入江氏)そうなんです。その方々も、「どうしていらっしゃったの」「声を掛けるにかけられなかった」と。お互いにつながりたくてもつながれなかったという経緯があった訳です。その後、悲しみを普通に吐露できる、吐き出せるというか、全部言わなくてもいいのですけれど、私がこういう事件でこういうふうに苦しんでいるんだということを、口にできることが必要なのじゃないかという気づきがありました。そこから私自身はグリーフケアというものを学び、それからグリーフサポートという。グリーフケアとグリーフサポートがどう違うのかというのもお話しなくてはいけないのかもしれないのですけれど、悲しみを、普通の日常生活の中で、口にできる必要があるんじゃないかなと気づかされて今に至っています。
  • (区長)入江さん自身ももちろん事件の大きな衝撃と一度にそういう形で当事者として大変悩まれたと思いますし、その後も、大切なご主人とも離別・亡くなってしまったというお話も聞きました。
  • (入江氏)そうですね。夫は2010年に、これはもう事件とは関係ないのですけれど、大動脈解離で本当に健康な人なのですけれども、あっという間に亡くなってしまったということがありました。
  • (区長)入江さん自身が悲しみのかなり深いところから一歩一歩歩みだして来たという当事者として、やはりそのグリーフサポート、あるいはグリーフケアを学びながらある人々を支えて行く、その大切さに自らお気づきになったということでしょうか。
  • (入江氏)まず自分が生きて行く上で、学びというよりある意味一番低い階(きざはし)だった訳です。何かできるんじゃないかと。それが第一歩で、上智大学で、まだこのグリーフケア研究所がなかったのですけれど、まず本当に自分のできることから学んでいこうという形で、学びの階(きざはし)に着きました。グリーフという言葉を整理しておくと、死別など大切なものを亡くしたことによる深い悲しみとか、悲嘆とか嘆きとか、哀惜の気持ちなど、これは病気じゃないのだ、ただ当時は本当に、毎日「どうして私が生き残ってしまったのだ」とか、それこそ「死んでしまいたいな」という気持ちに取りつかれてしまう時期があって、それが病気ではなくて誰でもと言ったらなんですけれど、これだけ激しい悲嘆感情に取りつかれると、「それはあるのだ」ということを知ることで、ある意味、私だけじゃないんだという気持ちになったわけです。この「私だけじゃないんだ」という気持ちを共有できる場を持つことが、すごく大切だなと思いまして、なかなかそれは一人ではできないことで、私は幸いにも夫の助けがあって、夫は2010年に亡くなってしまうのですけれど、その家族の援助・自助というものがあったのですけれど、自助だけではなくてそれが共助に広がり、それが公助に広がっていくのが大切なのだというのを感じさせて下さったのは、区長との出会いというのが大きかったと思います。
  • (区長)奇しくも世田谷区内にお住まいのグリーフサポートを勉強されたいと思っている方たち、あるいは実践をしたいと思っている方たちが、女性が中心でしたけれども、私のところに、入江さんとお会いした後に自分たちがグループを作ってグリーフサポートを深めていく、世田谷のグループとして活動を始めたいのだということで、何ができるだろうか、あるいはどういうチャンス・回路というか、活動をどう始めたらよいのか、ご相談に見えたのです。次のステージにつながっていったということで。
  • (パーソナリティ)一つきっかけができると、次から次に人が集まって来るのですね。区長の役割はすごく大きかったのですね。
  • (入江氏)大きいと思います。外にやはり回路を持つということはすごく大切なことで、それはやはり行政の後押しというのはとても大きいなと思います。
  • (パーソナリティ)お話はまだまだ続くと思うのですが、ここでひとまずブレイクタイムをいただきます。

 グリーフサポートの話の続き、今後の広がりと世田谷区の施策

  • (パーソナリティ)今日は、「悲しみを生きる力に!グリーフサポート」についてお送りしています。ゲストに入江杏さんをお迎えしています。
  • (区長)入江さん、世田谷区内でグリーフサポートをやりたいという人たちのお話を聞きました。もう少し聞きたいなと思いましたので、ミーティングにも参加させていただいて、どうして私が、例えば愛する人と別れなければならなかったとか、幼い頃に非常にひどい形で親子で別れてしまって、そのことが傷として残っているとか、一人ひとり長いヒストリーがありますよね。それを一人ひとりがしんみりと感情的にならずに語ってくれたのですね。10人くらいだったと思いますけれど、それを聞いていて「ああ、なるほど」とやはり生きていく上で避けることのできない人との別れ、最愛の人との死別や離別ですね。あるいは事故で本当に引き裂かれてしまうと…。いろんなことがありますね。私自身もあります。そのことは押し殺してというか、個人のことであって、悲しいんですということは、個人のことであまり人にも言えなくて、その悲しさに潰されてしまうようなかたちで、ギリギリ締められて自ら命を絶ってしまう、という方が、当時は年間3万人を超えていました。区内でも200人に近い方が命を絶っていると、この「命」ということを考えると、その傷を受けた時、一つではないかもしれない複数の傷が残っている、その時に自分ではなかなか回復が、道筋が難しいのだけれども、同じような悲しみを、少しずつ乗り越えて来た、並走する傾聴者・耳を傾ける人がいて、少しずつ修復が図られて来るという、そんな活動だとすれば、これはすごい社会的な意味があるのではないかというふうに思ったのですね。
  • (入江氏)区長がおっしゃる中で、それは自分の悲しみじゃないかと、要するに自己責任ということでしょ、自分で、自助で、自分はここまで頑張っているのだから、私たちもそんな悲しみは散々あったし、だけれども、そんなあなたが悲しんでいることは自己責任で治しなさいよというのではなくて、誰か伴走者がいる、並走する人がいる、それが社会の側全体が変わることによって、隠していた、封印していた、押し込めなければならなかった悲しみを、少しだけでも吐き出せる、何もぶつけなくてもいいんですけれど、ちょっと口にできるということで、「ああ、そうだったんだね」「あなただけじゃなかったんだね」ということで逆にその悲しみでつながっていくというか、お互いに弱さを発信できる社会にするということは、自分が事件の後、誰にも言えなかった。区長との出会いも12年経っていますけれど、その当時、本当に仲が良かった人が「会いたかったのよ」って、12年後ですよ、会いに来てくれたのは。でも何もそれは、お互いに思っていたのですよ。私が口にできたのは、初めてその事件の遺族だってことを口にできたのは、七回忌を過ぎてからです。ですから結局、2007年まで誰にも言っていないから、子どもの学校でも明るいお母さんを装っているわけですよ。でも本当の自分じゃない、やはりつらいわけですよ。
  • (区長)周りの人たちは、誰も知らないわけだったのですね。
  • (入江氏)知らなかった。初めて本を出したり、そういうことをすることによって「何だったの。それ水臭いじゃないの。」って言われても言えなかった。また逆に、まだうまくグリーフサポート・グリーフケアがそこまで普及していませんから、自分が発信しだすと「それは何か同情を買うためですか」とか、そうした誹謗中傷もあるわけです。今でも、クライシスアクターだと言われたりする方もいらっしゃるわけで、それはずっと昔も今も変わらないのかもしれないですけれど、その中で、行政がこういう方々、悲しみという、グリーフというとある意味、「なんで英語を使うんだ」というところもあるのですけれど、あえてグリーフ・英語を使うことによって抽象化されるというわけではないのですが、いろいろな自殺であったり就職の失敗だったり、それぞれ問題があると思うのです。その悲しみという横糸で、いろいろな方々の縦割りだった問題ごとや困りごとが、グリーフという横糸でつながることができるというきっかけづくりを、行政がして下さったということが、先進モデル、一つの所以(ゆえん)ではないのかなと。
  • (区長)空き家活用モデル事業と言いまして、こんな場所ではどうでしょうかというふうに、世田谷区で「世田谷トラストまちづくり」こちらの方で準備した、比較的部屋数の多いスペースにこれを活用したいということで、この「サポコハウス」というグリーフサポートの場が始まったのですね。
  • (入江氏)そうですね。
  • (区長)この方たちのお話を聞くと、どうも雛形というか、モデルはアメリカのオレゴン州のポートランドというところにある、ダギーセンターというところにあるのですよという話を聞きました。ダギーちゃんという、難病で命が本当にわずかしかないというお子さんがいて、その子がいろんなことを大人に問いかけたいのだけれど、なかなか心のケアというのができていなかった。そのダギーちゃんの叫びをきっかけにして出来上がった、親を失ったり殺されたり、いろいろなかたちで引き裂かれた子どもたちが怒りとか理不尽な思いとかを「火の部屋」ですかね。
  • (入江氏)そうですね、火山のように。
  • (区長)「あぁー」っと叫んでいい。「ぎゃー」って泣いてもよい。
  • (入江氏)感情を出していい。
  • (区長)どんな声を出してもいいよという部屋があって、そういったこともやりながら、修復していくというところをモデルにしていて、この「サポコハウス」に「火の部屋」ができてますよね。
  • (入江氏)すごく魅力的な作りになっていまして、ある意味で、私は犯罪の被害者の遺族でありながら、その犯罪の被害だけでなく、様々なグリーフ、何もグリーフというと死別・悲嘆だけを思われがちですけれど、死別・悲嘆だけではないわけです。いろんな種類のグリーフがあって、子どもだといじめとかそういったこともあって、そうした悲しみの人たちが共有することによって、空き家事業という、新しいコンセプトと結びついたことによって、一挙に局面が変わるというか、新しいステージに入ったなという気持ちがしている昨今です。
  • (パーソナリティ)今、世田谷のお話を主に教えていただいたのですが、「ミシュカの森」という活動もされているということですね。
  • (入江氏)そうですね。もともと私が2007年、七回忌の年に「こぐまのミシュカ」という、ミシュカというのはロシア語で「こぐま」という意味なのだそうですけれど、このぬいぐるみを主人公にした絵本を出版したのですね。その絵本の読み聞かせなどを講演会の最後に子どもたちも含めてのクールダウンの時間として、必ず絵本を読んで聞いていただいている訳なのですけれど、このミシュカをシンボルとしたグリーフ・悲しみが実は悲哀の「悲」、悲しみでもあるけれど、誰の心の中にでもある「愛」、愛情の種のシンボルとして「ミシュカの森」という悲しみの横糸として、つながるネットワーキングの場を12月にいつもイベントとして、「生と死を考える」きっかけ、ある意味では「人権を考える」きっかけとしても、広がっていった会があって、その「ミシュカの森」で、サポコハウスなりグリーフサポートを応援するということで、またグリーフケアの啓発活動と相まって、いろいろなご縁ができたことと思います。
  • (区長)「ミシュカの森」で呼び掛けられているサポコハウス見学会があるのだそうです。
  • (パーソナリティ)あるのですね。8月12日と25日、12日の日曜日は16時〜18 時まで、25日の土曜日は14時〜16時まで、これは申込みがいるのですね。各回20名様。一度ご覧になってその雰囲気を見ていただくだけでも。
  • (入江氏)住宅街の中にあるのですけれど。
  • (区長)これ、申込みは?
  • (入江氏)「グリーフサポートせたがや」のメールがありますので。「グリーフサポートせたがや」、常駐ではないのですね。空き家事業を活用している訳ですけれども、電話でも申し込めますし、その時に常駐の方がいらっしゃらなくても必ず留守番電話で。
  • (区長)検索して、メールを。
  • (入江氏)世田谷区のHPに出ておりますので。
  • (区長)世田谷区としてもこういったグリーフサポートを広げていく事業ですね。
  • (パーソナリティ)そうですね。先着順ということですので、ぜひともサポコハウス、ご興味のある方は行ってみて下さい。ではあともうひと言、区長に最後、あっという間のお時間になってしまいましたが、まとめをお願いいたします。
  • (区長)こういった場所、サポコハウスができたことで、本当に大勢の方が入江さんの講演会にも、入りきれないくらい人が集まったり、またハワイでこの活動にあたっている方を呼ばれて、全国から人々が集まって。どうもお話を聞いていると、ここ数年で随分あちこちにグリーフサポートの場が広がったなと実感しました。ですからやはりこういう具体的な場があって、グループの活動を始めてこれは素晴らしいなと思ったことは、やっぱり確実にそこを求めているニーズがあったんだなと。そして悲しみから一歩二歩と緩やかに踏み出していけるという方が増えていくことをお手伝いできたらと思います。
  • (入江氏)ありがとうございます。「ミシュカの森」といたしましては、グリーフサポートというとあたかも本当に慰めるだけ、ではなくて、いろいろな社会の、ある意味では男性の方とか会社の中でバリバリやっている方とか、悲しみとかグリーフサポートとか、ちょっと苦手だよという方もいらっしゃると思うのですけれど、そういう外の海にいらっしゃってあまりそういうトラウマとか関心のない方の中にも、やはり皆さんの心の中に悲しみの種に呼びかける啓発活動というのが大切だと思っています。今年も12月22日に上智大学のグリーフサポート研究所と共催で、「ミシュカの森」を開きますので、もしよろしければ、ぜひ多くの方々に関心を持っていただいて、社会全体を変えていく。私は自分のためだけじゃなくて、何か社会全体を変えていくことによって、もしかしたら自分も生きやすくなるということを大切にしたいなと。
  • (パーソナリティ)私も本を読ませていただいて、「無関心が一番の障害である」という言葉がぐさっと刺さりました。今日は本当に貴重なお話をありがとうございました。入江さん、保坂区長、本当にありがとうございました。
  • (入江氏)(区長)ありがとうございました。 

写真8月放送

(左から、パーソナリティ、区長、入江氏)

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