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平成30年3月の「区長の談話室」(ゲスト:佐藤仁氏、二宮裕氏、大塚茂之氏)

更新日:平成30年4月9日

ページ番号:0159177

平成30年3月の「区長の談話室」

3月4日・11日放送 区長の談話室 「東日本大震災から7年、3・11を忘れない!」

(補足)11日は4日の再放送です。

 今回の放送では、宮城県南三陸町長の佐藤仁(さとう・じん)氏と南三陸町に派遣されている区の職員をゲストに迎え、南三陸町の現在の復興状況、区と南三陸町のこれまでの交流の様子、今後の課題などについて、お話を進めていきます。

 ※このページの下部「添付ファイルのダウンロード」から対談の模様を音声でお聴き頂けます。(容量が大きいため、再生に時間がかかる場合があります。)

東日本大震災からの復興の状況、世田谷区と南三陸町の交流

  • (パーソナリティ)今日は東日本大震災から7年ということで、3月11日を忘れないという事をテーマにお送りしていきたいと思います。7年が経ちましたけれども、世田谷区ではこれまで被災地復興支援の活動を継続してきたんですよね。今までの活動についてちょっと、改めてご紹介して頂けますか。
  • (区長)そうですね。3月11日から7年が経とうとしているわけですが、これ再放送だと3月11日に聴かれている方もいらっしゃると思うんですけれども、世田谷区ではですね、当初、義援金に取り組みました。これは熊本前区長の時です。その後ですね、やはり現場に行ってお手伝いしたいという事で、色々探した結果、南三陸町に行ってですね、流された土地、家屋のデータをもう一回計測し直すという仕事を、世田谷区として責任を持って請け負おうじゃないかという事で、6回にわたって200人以上が旅館を借り切って、2011年の夏でしたけれど入りました。それがきっかけで、世田谷区として職員派遣を今に至るまで続けているのと、東日本大震災復興支援金を6年前から募集しておりまして、1億3636万円と、未だに寄附を多くの方から頂いていて、それを南三陸町はじめですね、支援をしている自治体にですね、少しずつ何回かに分けてお渡しをしているという取組みをしています。
  • (パーソナリティ)はい、引き続きこの復興支援金というのも、今からもまだまだ募集するという事ですよね。
  • (区長)必要がないよと皆さんから言われるまで頑張ろうと思っています。
  • (パーソナリティ)はい、わかりました。引き続き募集していますので、リスナーの皆さんもよろしくお願いします。さぁ、区長ここでですね、世田谷区が復興支援を通じて交流を続けているという宮城県南三陸町の佐藤仁町長とお電話がつながっていますのでお話してみたいと思います。佐藤町長、今日はよろしくお願い致します。
  • (佐藤町長)はい、よろしくお願いします。
  • (区長)佐藤町長、保坂です。よろしくお願いします。
  • (佐藤町長)どうも、区長さん、お久しぶりです。
  • (区長)ですね。昨年の選挙では4期目、おめでとうございます。
  • (佐藤町長)ありがとうございます。
  • (区長)今ですね、毎年このところ3月11日当日かその前後に南三陸にもお邪魔させて頂いているんですが、最近だと庁舎が新しく建ち上がっただとか、南三陸の高速道路ですか。
  • (佐藤町長)はい、三陸自動車道ですね。
  • (区長)そこが、アクセスがとても良くなったとか。
  • (佐藤町長)そうですね。仙台から近くなりました。
  • (区長)ですよね。それからまた、復興支援住宅等もですね、だんだんと建ち上がってきて、その前でしたけど、大きな病院がね、台湾の支援も。
  • (佐藤町長)そうです。台湾から大変なご支援を頂きました。
  • (区長)はい。そんな動きですけれども、だいぶ手ごたえというか動きは進んでいますでしょうか。
  • (佐藤町長)そうですね。たぶん保坂区長さんは私と同じくらいに南三陸の復興状況を詳しく知っているというふうに思いますが、改めて私からもちょっとお話をさせて頂きますが、今お話にありましたように、震災以来、住宅再建を最優先で取り組んでまいりましたけど、災害公営住宅、それから宅地造成、災害公営住宅は730戸くらい、宅地造成は830戸くらいですが、昨年すべて終了いたしました。今はどんどん、どんどん住宅が立ち並んでおりますし、皆さん終の棲家にやっと7年目にお入りを頂くという状況になってまいりました。
  • (区長)大変時間もかかったわけですけれども、確実に復興のプロセスが進んできているという事ですよね。
  • (佐藤町長)ですからね、区長さんご承知のように、うちの街はずっと津波災害でやられておりまして、その度に命が犠牲になるという災害が続いてまいりました。この東日本大震災を教訓として、二度と津波で命を失わない街を作ろうという事で、高台移転を選択致しました。年が明けましたので、一昨年の11月にですね、福島沖で大きな地震があって、津波警報が出たんですよ。当然避難指示は出したんですが、ただ昔ですと、避難指示を出しますと、夜であれ深夜であれ朝早くであれ、皆さん高台に避難をしたんですが、今はもう自分の自宅にいればいいという、そういう街ができました。
  • (区長)なるほどね。もういるところがある程度の高さがあるということですね。
  • (佐藤町長)そうですね。ですから油断はしてはいけませんけれども、安全安心な街を手に入れることができたなというふうに痛感をいたしました。
  • (区長)はい、世田谷区民の方、あるいは全国でもこの番組を聴いて頂いているのですが、佐藤町長と最初にお会いした時にずっとそのお話を伺って、未だに忘れられないんですけれども、3.11の地震の時に議会開催中で、直ちに防災庁舎の上に行かれたんですよね。
  • (佐藤町長)地震来たときが、ちょうど議会の閉会の挨拶を私がしていまして、2日前に大きな地震があって津波警報が出ていたんですよ。そういうのを受けまして、安心な街をこれからも作っていきますっていう話をしているときに、あの東日本大震災だったんですよ。そのあとすぐに役場の隣にある防災対策庁舎の2階に危機管理課があるものですから、そちらに災害本部を作るという事で、そちらに移動して、それから町民の皆さんの避難誘導をずっと呼びかけて。震災が起きて20分くらい経って、目の前の川に津波が遡上してきましたので、全員で屋上に避難をしたんです。津波の第一報が、高さが約6メートルって言っていたんです。
  • (区長)6メートルっておっしゃっていましたね。
  • (佐藤町長)それが実質、屋上が12メートルあるんですよ。ところがそこに押し寄せた津波が16メートルの津波でしたので、屋上に避難した53名のうち、43名が犠牲ということになりましたので、大変なね、大災害でした。
  • (区長)町長がたまたまいらっしゃったところが非常階段の付近で、非常階段だけは堅牢で流されなかったんですね。
  • (佐藤町長)そこに引っかかったのが助かった。10人しか助かりませんでしたので。
  • (パーソナリティ)辛い思いをされたんですね。
  • (区長)それだけの大災害で世界中が非常に驚いた、また支援も広がったわけですけれども、それから7年という期間、振り返ってご覧になってどうですか。
  • (佐藤町長)早かったですね。ほんとにね、色んなハードルを毎日毎日越していくっていう生活を送ってきました。震災の時に防災庁舎の屋上でつぶれた街を見てですね、見渡す限り瓦礫だらけでしたから、そういうのを見て、この街って本当に復活できるのかって思いました。ただ本当にね、全国から派遣を頂いた職員の皆様方のお力添えで、ここまで来れました。本当にこれはお陰様だと思います。で、復興庁もあと3年で終了ということになりますので、あと3年でとにかく残っている復興の事業、これを片付けなきゃいけないということで今、ラストスパートでもう、これから入ろうというところです。
  • (区長)佐藤町長、最後の課題となっているのは何ですか。
  • (佐藤町長)やっぱりね、復興事業で遅れている部分っていうのが、防潮堤の工事と漁港の工事なんですよ。これがですね、つい先日も発注契約しましたし、これからもまた発注契約するんですが、この金額、総額220憶です。
  • (区長)これは大きいですね。
  • (佐藤町長)はい。これをとにかく3年で決めなきゃいけないということで、業者の皆さんにもなんとか3年で決めてくださいというお願いをしているんです。これが終わると南三陸町は、まずまず復興が完遂をするというところまで来れると思います。
  • (区長)はい。世田谷区も微力ながらお手伝いしてきましたけれども。
  • (佐藤町長)いえいえ、微力なんてものじゃないです。ほんとに色々お世話になりました。
  • (区長)役立っていますか?
  • (佐藤町長)来る皆さんがね、熱い思いで皆さんお出でになっているので、しかも皆さん真面目です。ですから皆さんの力がなければほんとにやれなかったなと痛感しております。
  • (区長)ありがとうございます。派遣中の職員からもあとからですね、直接声を区民の方に届けてほしいなとも思っていますけれども、ぜひぜひこの残る3年間ですね、頑張って頂きたいと思います。
  • (佐藤町長)はい、ありがとうございます。
  • (パーソナリティ)佐藤町長、後ほどまたお話を伺いたいと思いますので、一旦ここで失礼したいと思います。ありがとうございました。
  • (佐藤町長)はい、わかりました。ありがとうございました。

 

写真3月放送(4)
(左からパーソナリティ、区長)

 世田谷区から南三陸町に派遣された職員の活動紹介、南三陸町の魅力

  • (パーソナリティ)区長の談話室、今日は「東日本大震災から7年、3.11を忘れない!」と題してお送りしています。ということで、区長、世田谷区では先ほどお話にもありましたが、区の職員の皆さんが南三陸町へ派遣されて、そして現在も現地でお仕事をされているということなんですよね。
  • (区長)先ほど佐藤町長からですね、世田谷区から熱い志で来てくれているというお話を頂いたんですが、これはあの、行きたいっていう気持ちがある職員の方に手を挙げて頂いて、そして選考して派遣をしていっているんですね。挙がる手の数が減っていないんです。自分も行ってみたい、機会があればやりたいって方がいらっしゃって。毎年ですね、南三陸町と気仙沼市と隣同士の2か所の自治体に派遣している職員に一回戻ってもらってですね、報告会などもやって、熱心に多くの職員が聞いてくれています。
  • (パーソナリティ)はい、わかりました。そういうふうに、私もお手伝いに行きたいというふうに言って、そして今現在、実際に派遣されて現地でお仕事をされている職員の方とお電話がつながっていますので聞いてみたいと思います。
  • (区長)ちょっと聞いてみたいですね。
  • (パーソナリティ)まずは、二宮裕(にのみや・ゆたか)さんです。二宮さん。
  • (二宮氏)はい。
  • (パーソナリティ)まず、いつ派遣されたのかっていう所から教えて頂けますか。
  • (二宮氏)はい、昨年4月からこちらにお世話になっています。
  • (パーソナリティ)そうなんですね。ちょっと具体的に普段どのようなお仕事をされているのかということを教えて頂けますか。
  • (二宮氏)はい、私は建築職ですので、昨年12月までは保育園の建て替えを担当しておりました。無事に完成して2月からは園児の方々に使っていただいています。年明けからは震災で被災した図書館と、あと公民館をですね、一つの建物にまとめて建て替える生涯学習センターという建物の建設工事の担当をしています。
  • (区長)二宮さん、お疲れ様です。
  • (二宮氏)はい、ご無沙汰しております。こんにちは。
  • (区長)世田谷区でも専門職、技術職ですから建築の仕事をされていたと思うんですが、やっぱりその南三陸町という自治体でそうやって具体的な施設を担当されるというと、だいぶ世田谷区とは違いがありますか?
  • (二宮氏)そうですね。基本的には建物を建てる仕事ですので、やることは似ているんですが、やはりこちらは環境が世田谷区とは違いまして、保育園でもかなり広いんですね。
  • (区長)世田谷区と比べるとね。
  • (二宮氏)はい。ですので我々から見ると園児の方がうらやましいなというような環境の中で私も仕事をさせて頂いているので、世田谷区は世田谷区で難しさも楽しさもあるんですが、こちらはこちらで寒いとか、そういうことが建設工事に影響してまいりますので、そういう新しい体験ができています。
  • (区長)世田谷区の場合はチームの人数も多いと思うので、逆に南三陸で携わるお仕事の方がマルチプレイヤーというか、色んなことを同時にね、やらなければいけないっていう部分もありますか?
  • (二宮氏)はい。そうですね。もともと建設職という方がほとんどいらっしゃらないので。
  • (区長)あ、そうなんですか。
  • (二宮氏)はい。窓口業務からですね、先ほど申した建設工事の現場監督のような仕事も、色んな仕事をさせて頂いておりますので。
  • (区長)建物を建てるとたくさんの書類をね、出したり審査したりしないといけないんですよね。
  • (二宮氏)はい。そうですね。実際こちらの職員の方々に協力いただきながら、なんとかこなしているような状態です。
  • (区長)そうですか。あと、プライベートではどうですか?休みの日とかどのような過ごし方をされていますか。
  • (二宮氏)そうですね。こちらで知り合いになった、他の全国からこちらに派遣されている職員の方々と食事に行ったりですね、たまに旅行に行ったりして楽しく暮らしております。
  • (区長)そうですか。健康に気を付けてぜひ頑張ってください。近くお会いすると思います。
  • (二宮氏)はい。ありがとうございます。
  • (パーソナリティ)はい、ありがとうございました。二宮裕さんにお話を伺いました。そしてですね、もうひと方、区長、お話を伺ってみたいと思います。
  • (区長)はい。
  • (パーソナリティ)大塚茂之(おおつか・しげゆき)さんです。大塚さん、よろしくお願いいたします。
  • (大塚氏)大塚です。よろしくお願いします。
  • (パーソナリティ)大塚さんはいつ頃南三陸の方へ派遣されたんですか?
  • (大塚氏)私は平成28年の4月からになりますので、2年になりますね。
  • (パーソナリティ)はい。普段のお仕事、どのようなことをされているのかということを教えてください。
  • (大塚氏)生涯学習課というところに配属されておりまして、主に青少年の健全育成とか、あとは協働教育といって町場の方たちと協力して子どもたちを教育していくという、そういった事業の担当をしております。
  • (区長)なるほど。大塚さん、以前に南三陸に行ったときにですね、歌津のほうに歌津ザウルスでしたっけ。
  • (大塚氏)歌津魚竜ですね。
  • (区長)魚竜ですね。魚の竜。大変珍しい貴重な化石が見つかっているということで、そのようなものも地域振興にしていきたいなんて話がありましたがどうですか?
  • (大塚氏)はい、そのあたりはですね、一応目玉というか、教育の方でも文化財の目玉になっていて、そういったところを含めてですね、町場の方たちと協力をしながら、街の産業であったりとか、そういったところを事業に取り入れてですね、行っていくような事業を展開しております。
  • (区長)あとね、若者というと例えば中学生は、震災当時小学生だったりとか、場合によってはご家族が亡くなっていたりとか、親しい友だちを失ったとか、そういう心の傷、トラウマがあると思うんですね。そういったところに対してはいかがですか。
  • (大塚氏)そうですね。そういったところに関してはですね、こちらも仕事をしている時には、特にあまり気づかないんですけれども、やっぱりそういった話をですね、伺う事がこちらに来てから多いので、私も積極的に関わったらいいのかというのが最初ちょっとわからなかったんですね。進んで話をしてくれる方もいらっしゃいますので、そういう時にはすごく、お伺いする事がけっこう多いですね。
  • (区長)そうですね。だからその傷を癒していくにはやっぱり未来の希望を一緒に作っていくっていう事がとっても大事な仕事ですね。大塚さんの取り組んでいるのはね。
  • (大塚氏)そうですね。私がそういうところに関わらせて頂いているのは本当にやりがいがあるかなというふうに思っています。
  • (区長)先ほど二宮さんにも聞きましたけど、お休みの日の楽しみ方とか、休み方はどうですか。
  • (大塚氏)はい、そうですね。やっぱり二宮さんと同じようにですね、こちらに来ないと行けない場所であったりとか、東北にいないと行けない温泉だったりという所が多いので、そういったところを派遣の仲間の方とか、あとは地元の方と一緒に旅行するっていうのが楽しみになっていますね。
  • (区長)これから少し春になっていくとね、季節も良くなってくると思うし。やっぱり南三陸町は寒いですか。
  • (大塚氏)寒いですね。東京よりやっぱり寒いですね。
  • (区長)気を付けて頑張ってください。
  • (大塚氏)ありがとうございます。
  • (パーソナリティ)どうもありがとうございました。大塚茂之さんにお話を伺いました。今年はね、雪もすごく多いという事でね、大変かと思いますが、世田谷区にいるのとはまたちょっと違った環境の中で職員の方たちもそうやって頑張ってお手伝いをしてくださっているというのは、区民にとっても非常に嬉しいかなというふうに思います。さぁ区長、もう一度ですね、佐藤町長にお話を伺ってみたいと思いますので、ちょっとお呼びしてみましょう。佐藤町長、もう一度よろしくお願いいたします。
  • (佐藤町長)はい、よろしくお願いします。
  • (区長)佐藤町長ね、あの南三陸と聞いて、行ったことあるよという人は、世田谷区民90万人いますが、まだまだ少ないと思うんですね。昔は、志津川、歌津でしたっけ、名前自体もですね、南三陸ってわりと新しい名前なんですが、いわゆる支援をどうしたらいいのかっていう時に、ぜひ来てくださいっていう、観光ですかね、そのあたりの世田谷区民への呼びかけがございましたらどうぞ。
  • (佐藤町長)はい、お陰様で商店街が、昨年志津川、歌津両地区に完成いたしました。新国立競技場を設計した隈研吾(くま・けんご)さんが設計したその商店街がですね、大変評判が良くて。「さんさん商店街」が昨年3月3日にオープンしたのですが、1か月で20万人の方々にお越しを頂きました。
  • (区長)すごいですね。
  • (佐藤町長)すごいんですよ。いまだにそういった多くの方々にお出でを頂いておりますので。
  • (区長)そういえば去年行ったときに、駐車場に入るのに大変だっていう事で、ちょっと早めに出なきゃ入れないよって話もありましたね。
  • (佐藤町長)そうです。いまだに続いていますので。
  • (区長)そうなんですか。じゃあ、その復興商店街に出店されている事業者の方はちゃんと売り上げが上がっていっているわけですよね。
  • (佐藤町長)そうですよね。大変ありがたいと思います。それとね、うちは基幹産業が水産ですけれども、魚市場を作って22年になるんですよ。被災をして、直しましたけど。実はこれ22年で昨年の水揚げ高が過去最高なんですよ。
  • (区長)そうですか。なんか魚の種類によってはちょっと不漁になったりしているって、黒潮の蛇行の影響がなんて言われますけれども、最高だったんですか。
  • (佐藤町長)ええ。うちはね、なんと西の明石、東の志津川と言われるくらいに真蛸の産地なんですよ。
  • (区長)真蛸の。はい。
  • (佐藤町長)これがね、昨年数十年ぶりの大豊漁でして。
  • (区長)タコがいっぱい!
  • (佐藤町長)そうです。私はバッチを胸に付けているんですけれども、これもタコのバッチですから。
  • (区長)そうですか。そうすると、今世田谷区民がちょっと南三陸に行ってみようかっていう時に泊まるところとか見るポイントとかはだいぶ整ってまいりましたか。
  • (佐藤町長)整ってきましたので、大丈夫です。例えばほんとに大きなホテルもありますし、ビジネスホテルもありますから。そういったところにお泊りは大丈夫、できますので。
  • (区長)そうですね。毎年南三陸に行くたびに、去年は僕、民宿に初めて泊ったんですけれども、やっぱり泊るところも最初はなかったですもんね。
  • (佐藤町長)最初はなかったですね。そうですね。今、民宿もだいぶ復活しましたし。
  • (区長)それに食べ物がおいしくて。
  • (佐藤町長)今、うちの街、区長さんがご承知のようにキラキラ丼が有名ですから。
  • (パーソナリティ)キラキラ丼?
  • (区長)キラキラ丼があるんですね。
  • (パーソナリティ)何ですか?
  • (区長)佐藤町長、説明してあげてください。
  • (パーソナリティ)今、すごく気になりました。
  • (佐藤町長)季節季節に南三陸で採れる海産物をですね、どんぶりに載せて提供するんですが、これがですね、5月からは、「うに丼」になるんですよ。
  • (パーソナリティ)うわ!
  • (区長)これは美味しそうですね。
  • (佐藤町長)ご飯が見えないくらいに、うにがのっかっていますから。で、そちらで食べるうにと違って、うちのうにはすごく甘いんですよ。
  • (区長)(パーソナリティ)へぇー。
  • (佐藤町長)ですからね、これがすごい大人気なんですよ。
  • (区長)なるほど。
  • (パーソナリティ)それでキラキラ丼。
  • (佐藤町長)はい。
  • (区長)あといくらバージョンもありますよね。
  • (佐藤町長)いくらバージョンは冬です。
  • (パーソナリティ)それは行かないとですね。
  • (佐藤町長)ぜひお越しを頂きたいなと思います。
  • (区長)はい、ぜひ世田谷区から南三陸に観光に行ってほしいなと、僕の方からもお願いします。
  • (佐藤町長)はい。お待ちしています。
  • (パーソナリティ)どうもありがとうございました。
  • (佐藤町長)いえいえ、どうもありがとうございました。どうもお世話様でした。
  • (パーソナリティ)ありがとうございました。宮城県南三陸町の佐藤仁町長とお話をしてきました。区長、本当に3.11ということで7年ですね。本当に今のお話を聞いてやっぱりもう一度改めてちゃんと考えなくちゃいけないっていうこと、そして防災についてっていうことも考えますね。
  • (区長)建物ができたり、色んなハードができていくのですが、やっぱり心の復興というのは最後に残るので、それをやっぱり南三陸も含めた被災地が孤立していない、繋がっているということをお互いが感じる事ですので、ぜひ世田谷区からもね、季節が良くなってきたら、旅行どこにしようかなっていう方は、ちょっと選択肢の中にインプットして頂きたいなと私の方からもお願いします。
  • (パーソナリティ)そうですね。キラキラ丼を食べに行きたいと思います。
  • (区長)はい。
  • (パーソナリティ)ということで今日は、「東日本大震災から7年、3.11を忘れない!」と題してお送りしてきました。保坂展人区長、今日もどうもありがとうございました。
  • (区長)ありがとうございました。

 

写真3月(1)
(佐藤氏)
写真3月放送(2)
(二宮氏)
写真3月放送(3)
(大塚氏)

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