こちらは東京都世田谷区のホームページです。音声で読み上げる、サイトマップ、携帯サイト、外国人の方へ、文字サイズを変える、標準、拡大、画面と文字の色を変える、白地に黒、黒地に白、青地に黄色、ふりがな、検索する言葉を入力、検索ボタン、検索の注意、もくじ、ホーム、くらしのガイド、お知らせ、イベント、施設、世田谷の魅力、問い合わせ・よくある質問

平成29年8月の「区長の談話室」(ゲスト:暉峻僚三氏)

更新日:平成29年9月11日

ページ番号:0155180

平成29年8月の「区長の談話室」

8月6日・13日放送 区長の談話室 「平和の大切さを伝えよう!」

(補足)13日は6日の再放送です。

世田谷区と川崎市は、平成26年に「川崎市と世田谷区との連携・協力に関する包括協定」を締結しました。それに伴い、世田谷区立平和資料館と川崎市平和館は相互連携して事業に取り組んでいます。

今回の放送では、暉峻僚三(てるおかりょうぞう)氏(川崎市平和館専門調査員)をゲストに迎え、世田谷区立平和資料館、川崎市平和館についてご紹介するとともに、平和の尊さなどについて、考えていきます。

※このページの下部「添付ファイルのダウンロード」から対談の模様を音声でお聴き頂けます。

(容量が大きいため、再生に時間がかかる場合があります。)

世田谷区立平和資料館、川崎市平和館について

  • (パーソナリティ)今月15日が終戦記念日ということになります。今日は「平和の大切さを伝えよう!」と題しましてお送りしていきたいと思います。では早速ゲストをご紹介しましょう。川崎市平和館専門調査員の暉峻僚三(てるおか りょうぞう)さんです。よろしくお願い致します。
  • (暉峻氏)よろしくお願いします。
  • (パーソナリティ)区長、世田谷区は川崎市と様々な面で連携を進めているとお聞きしているのですが、まずはご紹介頂けますか?
  • (区長)川崎市とは包括協定といって、平和のことも文化のことも教育のこともエネルギーのことも、すべからくマルチに協力しようよという協定を結んでいます。世田谷区は多摩川をちょっと渡ると、もう川崎市なんですね。
  • (パーソナリティ)はい、お隣ですね。
  • (区長)まさに隣なんですね。でも川が一本流れていることでちょっと距離があった。まして東京都と神奈川県という、ちょうどその境界線上にあるので、どうしても世田谷区は東京の真ん中の方を見て色々ものを言ってきたことが多いのですが、エネルギーの問題を考えると、とりわけ水素の活用だとか、川崎市は随分先進的な環境行政をやってらっしゃる。そことちゃんと繋がることで、これからの可能性が開けるのではないかという話を、溝口の居酒屋で川崎市の福田市長とばったり会って盛り上がって、それで始まったという具合なのです。
  • (パーソナリティ)なるほど。それで、暉峻さんは先程のご紹介の中で、川崎市平和館の専門調査員をされているということなのですが、具体的にはどういうお仕事なのでしょうか。
  • (暉峻氏)まず、川崎市平和館は平和博物館と紹介されることが多いのですけれども、博物館法上の博物館ではないんです。ですので、そこで専門的な仕事をする人員というのは、学芸員ではなく専門調査員です。どちらかというと平和問題の資料館という位置づけになっていますので、例えばどういうテーマを扱うかといったような企画をしたり、またそれを実施したり。そして、川崎市平和館はかなり平和教育のための箱という位置づけが強いものですから、平和教育のプログラムを作ったり、来館者に対して見学と一緒にそれらを実施したり、またこちらで待っているだけではなくて、学校の方から要請があれば学校に行ってそうした平和教育のプログラムをやるというようなことも行っています。ある意味設備管理以外のなんでも屋さんですね。
  • (区長)私は川崎市平和館に行って暉峻さんにも案内をして頂きました。ちょうど、世田谷公園の中にあります世田谷区の平和資料館を立ち上げようということで随分準備が進んでいた頃に、川崎市の平和館があるということでご案内を受けて行ってみると、世田谷区の平和資料館は本当に小さな、コンパクトな平屋建ての限られたスペースなのですが、川崎市の方は講演会とかができる吹き抜けのホールなどもあってかなりゆったりした建物で、沢山の収蔵品もあって、まだまだ世田谷区の平和資料館はその後を付いて行っている存在だなと思います。
  • (暉峻氏)いえいえ。
  • (パーソナリティ)この川崎市平和館では、他と違う先駆的な色々な取組みをされていると伺ったのですが。
  • (暉峻氏)はい、先程の平和教育とも絡むのですけれども、現在、企画展、ミニ企画展というのを年4回開催していまして、これは非常に広く捉えて平和を壊す問題というものをテーマとしてこちらが設定して、それを例えば学校で平和教育の様な形でやって、そして学校の生徒、中学生や高校生、大学生が考えたことというのをそのまま展示内容として出すという、あまり主催者と利用者の敷居がないという双方向性の取組みを最近は始めています。
  • (区長)世界中の武力紛争だとか、難民の問題とかいうのも広く取り上げてらっしゃるんですよね。
  • (暉峻氏)そうですね。それは元々のコンセプトが平和学という学問に基づいてデザインされているので、平和というとどうしても反対は戦争というふうになりがちなんですけれども、戦争もある日突然起きるわけではないので、そういう背景や構造、社会の構造も含めて考えて貰うというような館の作りになっています。
  • (パーソナリティ)そんな館を見た子どもたちが感想文を残していっているということで、今日は暉峻さんにいくつか持ってきて頂きましたので、ちょっとここでご紹介したいと思います。
  • (区長)平和館の感想ですね。
  • (パーソナリティ)平和館を見に来られた子どもたちの感想文ですね。
  • (暉峻氏)そうですね、はい。
  • (パーソナリティ)まず一つ目ですね。「私は戦争がすごく、とても怖いということを知らなくて、そんなに分かっていませんでした。だけど、防空壕などの体験でとても怖いのが分かりました。もしまた戦争が起こるのであれば、すごく嫌です。そして私たちの世代だからこそ、戦争の辛さ、痛さ、苦しさが分かると思います。そしてこの悲惨さと、日本が戦争を行っていたのを後の世代の人たちに伝えられるように、この平和館を残して欲しいです。」そして、もう一つご紹介しますね。「私は、戦争というものは本当に悲惨で大変だったくらいしか想像できませんでした。でもこの平和館に来て資料を見たら、私が想像しているよりも怖いことが分かりました。ですが、資料でも怖いのなら、本当に起きた時の方が怖いと思うと、心臓が止まるくらい怖いです。」そしてもう一通ご紹介します。「私は、戦争は怖いだけでなく人を殺すのが辛いなど、もうしてはいけないものだと曾お祖父ちゃんが教えてくれました。防空壕に入った時、ものすごく沢山の爆弾が落ちて、もう町が壊れそうでした。こんな怖いことを知ったのは初めてでした。将来私たちが大人になったら、みんなで力を合わせながら、国が戦争にならないようにしたいなと思いました。」
  • (区長)子どもたちは、気持ちの中でやはりショックを受けながら、本当に認識を新たにしたということがよく分かります。暉峻さんに伺いたいのですが、当然世田谷区の平和資料館にも第二次世界大戦当時の空襲だとか、あるいは戦地での様々な記録だとかそういうのが収蔵されているのですが、川崎市の平和資料館の特徴をみると、戦争そのものの記録や資料以外に、例えば戦争の短所になる憎しみや暴力、差別、そういった根源にある貧困の問題だとかに触れているコーナーがあったり、兵器産業、兵器というのは兵器あってこそ戦争があるわけで、その兵器という問題にスポットを当てたり、そして何より最終的な破壊的な兵器である核兵器、ここを廃絶する世界の動き、とかなり膨らんで展示されているということなんですが、そういったところを子どもたちが見て、どんな反応というか、見方をされますかね。
  • (暉峻氏)そうですね。まず川崎市平和館の展示は2014年にリニューアルをしているのですけれども、リニューアル後、非常に文字が多い展示になってはいるのです。ですので、ものすごく小さな子どもには、正直少し難しい内容ではあります。ただ、オリエンテーリングシートを用意したりとかして、回って行って何を感じて欲しいのかというと、こういう所を回って一番ありがちな感想というのは、「昔は戦争があって大変だったんだと思いました。今は平和で良かったと思います。」という感想が一番多いのですけれども、それはおそらく平和教育としては失敗なのだと思っています。なぜかというと、その事象と自分の間には繋がりを見出していないからなのです。例えばそれらの戦争という一つの現象に限ってみても、それはある日突然起きるものではなく、その前段階として、差別があったり貧困があったり、そういう背景があって、そしてある日戦争になっていき、そして戦争に人々を動員するためにまた差別とか暴力の正義化というのが行われていくという一連の流れがあるので、それを見た上で、「例えば自分のクラスの中でこういうことってないかな。」というようなことに思いを巡らしてくれる子どもというのが、全員ではないですけれどもたまにいて、それはとても嬉しいと感じます。
  • (パーソナリティ)分かりました。この後もまだまだお話を伺っていきたいと思います。

平和への思い

  • (パーソナリティ)区長の談話室、今日は「平和の大切さを伝えよう!」というテーマでお送りしています。暉峻さんに、平和学ということに基づいて色々とお話を伺ってきたのですけれども。
  • (暉峻氏)はい。
  • (区長)平和に見える何気ない日常の中に戦争の芽があったり、日本は平和な社会だということで、例えばシリアから、あるいはその他の少数民族が迫害されている世界中の国から、難民となって日本に居住したいという難民申請をする方も多いのですけれども、なかなか日本社会はまだ認めていないんですね。これからも平和にという時に、日本だけが平和であり続けることというのはたぶんできなくて、世界中で多くの子どもたちが国を追われ、今日寝る所が分からずというような状態になって、あるいは飢餓で追い詰められている、そういった世界全体の中の戦争の問題は今も私たちに問いかけているし、これからもすごく深い関係を持って、直面して解決しなければいけないんだという、そんな感想を私は持ちました。
  • (暉峻氏)ええ。平和学って聞きなれない方も多いと思うのですけれども、聞きなれないのもごもっともで、比較的新しい学問なんですね。1960年代位までというのは、平和の反対、つまり平和な状態とは戦争がないことであるというふうに考えられてきたんです。ただ、1970年代後半から1980年代にかけて、きっかけはある国際会議でインドの学者が発言した言葉で、「世界を見ると我が国のように、戦争はないけれども貧困や飢餓や病気になっても行く場所がなくて何千人と人が死ぬ国というのは沢山ある。こういう状態を先進国の皆さんは平和な状態と呼ぶのですか。」という疑問が出されたんです。それをその後理論化していったのが平和学ということになります。ですので、平和学では平和を壊す要素というのを暴力という概念で表すんですね。暴力というとすぐに、例えば先程の戦争だと銃器類で人を殺すとか、個人間だったら殴る蹴るというような、またちょっと想像を働かせても、人に酷いことを言うというようなことを想像する人が多いと思うのですけれども、それだけではなくて、例えば今、日本社会ではワーキングプアの問題というのは非常に深刻化し続けていますよね。働いても食べていけないというのは、これは社会の構造にどこか原因があるはずだということで、そういった社会の構造そのものも暴力として捉えるというのが平和学の基本になっています。そしてもう一つは、人間が暴力をふるう時というのは、必ず、例えば親が子どもをひっぱたいてはいけないのですが、ひっぱたく時というのは、必ず言葉としては、「やりたくてやっているんじゃないの。」とか、「あなたのためにやっているの。」というような言葉を言います。これは、どこかで人間というのは暴力を振るう際に正当化や正義化や被害者化というのを自らにしないとできないようにできているんです。そういったものも文化的暴力という概念で表すという非常に広いことを扱う学問でもあり、そしてまた行政の役割というのも平和学として考えてみると、実は今言った平和学の概念を考えると、行政の役割というのは平和行政なんですよね。つまり富をどう再分配していくかというのに基づいて考えると、それが行政の役割ということも、平和学という観点から見ると言うこともできる。ですので、こういう自治体とか地方公共団体が平和ということに一生懸命になるのは、とても意味のあることだというふうに僕は考えています。
  • (区長)世田谷区も平和都市宣言をしていまして、その都市宣言に基づいて世田谷公園に様々な平和のモニュメント、長崎、広島で被爆した青桐や柿木を植樹したりしてきました。一方で平和首長会議、これも全国各自治体が沢山参加して、私も長崎で開かれた今年の総会にも参加しているのですが、そういった平和宣言だけではなくて、今国連で核実験そのもの、核兵器そのものを禁止しようという条約の審議に向けたプロセスがありますけれども、そういうところに署名を持って行ったりとか、自治体自ら呼びかけたりとか、そういう平和を作る活動というのがあります。もう一つ、暉峻さんが言われたことで思い当たるのは、貧困だとか差別、あるいはヘイトスピーチも含めた人格を否定するような暴言、言論、それをやはり人格の尊厳の下でそういうことがない社会にしていこうと、そういった日常不断の努力、障害者差別、これを解消しようという努力というのも平和に繋がっていくんだということですよね。
  • (暉峻氏)はい。もちろん、そうですね。
  • (パーソナリティ)この後は、今後の平和に関する取組みについてお話を伺っていきたいと思います。

 

写真8月放送
(左からパーソナリティ、区長、暉峻氏)

 

 

 

世田谷区と川崎市の相互連携

  • (パーソナリティ)今日の区長の談話室は「平和の大切さを伝えよう!」というテーマでお送りしています。
  • (区長)世田谷区立平和資料館、愛称「せたがや未来の平和館」は、ちょうど2年前、いわゆる戦後70年という時期を記念して開館したわけなんですが、川崎の方は随分もう歴史が長いですよね。
  • (暉峻氏)そうですね。開館したのが1992年ですので、もう25年という長い月日がたっている施設になります。
  • (区長)そうですね。世田谷区も平和資料室という形で歴史は刻んできたのですが、暉峻さんには、世田谷区の平和資料館が開館するにあたって、また開館してから、色々展示を考えていくにあたって色々意見や助言を頂いているということなんですよね。
  • (暉峻氏)そうです。意見や助言という程偉そうなものではないのですけれども、僕自身がそんなに「せたがや未来の平和館」から遠くはない代沢に住んでおりますので、近所ということもありまして、開館前から世田谷区さんの方で視察に見えたりということで、アドバイスというよりは茶々を入れる程度のことで、こうした方が良いんじゃないかというようなお話はさせて頂いています。
  • (区長)世田谷区民から、平和資料館に今も沢山のお祖父ちゃんの遺品だったり、家の建て替えの時に珍しいものが出てきたということで頂いていて、中には企画展でやったように戦争中の新聞の詳細な切り抜きのスクラップブック、あれは非常に貴重なものだと思いますし、あとは戦時中の雑誌、これが大政翼賛会時代の、私もほとんど見たことがないようなものが続々出てきたりしました。そういった収蔵品を整理して、テーマ毎で分かりやすく提示するという一種のテクニックというか、そういうこともご意見を頂いていきたいと思います。
  • (暉峻氏)とても偉そうな言い方になるのですけれども、展示というのは物を並べるということではなくて、色々なやり方や色々なコンセプトがあると思うのですけれども、並べることでそれに何を語らせたいのかというストーリー性が大切だと思うんです。ですので、実は今保坂区長の仰った戦時中の雑誌、これは今の内閣府に当たるところが出していた写真週報という雑誌ですけれども、これを今、実は川崎市平和館で大量にお借りしていて展示をしているんです。
  • (区長)そうですか。
  • (暉峻氏)これは、プロパガンダとかそういう視点で今お借りして展示をしています。ですので、どういう意味を持たせたいのか、例えば新聞記事を並べる時も何をそれに語らせたいのか、という様なことはお手伝いはできるかと思います。逆に、物をどうやって保存したら良いですかとか学芸員の領域に入ると、私、自分の家の物もまともに保存できない人間ですので、なかなか難しいかなとは思います。
  • (区長)なるほど。スクラップブックの、新聞の見出しひとつでもやはり段々と変わっていくのですね。
  • (暉峻氏)そうですね、はい。
  • (区長)真珠湾攻撃で大戦果という特大の見出しから、簡単に言えば全滅していくという、それが玉砕という言葉で語られ、最後の一兵まで果敢に戦ったという記事が続くようになる。やはり新聞を通して見ていくと、戦争がどう伝えられたのか、そして真実がどのようにカモフラージュされたのか、ということがよく分かりますよね。
  • (暉峻氏)そうですね。記事からいくと、もちろんどうカモフラージュされたのかということもあるのですけれども、戦争というのは決して為政者だけが頑張ってもできるものではないんですよね。憎い敵とか我々を迫害している敵というイメージがある程度共有されないとできない。新聞とか報道というのはそのイメージを共有するための重要な装置でもあるわけです。先程保坂区長が仰った例だと、ひとつ面白いのは、戦争がまだ日本本土にはあまり関係のない時期と関係があり始めた頃というのは、防空教習というのが色々な媒体を通してされるのですが、そのやり方が180度変わるんですね。日本の本土が爆撃されるであろう、しかも焼夷弾というものが使われるであろうということが分かった辺りからの防空教習というのは、「逃げるよりまず消そう。」というふうに。その前の「まず電気とガスを消して大きな防空壕に逃げ込みましょう。」というやり方から、変わっていくというのが、実は世田谷区の所蔵している資料からも、展示の仕方によってはそういう変わりようというのを見せることができたりもします。
  • (区長)なるほどね。これからの川崎市と世田谷区の交流についてなんですけれども、もう既に昨年から川崎市の巡回展で、川崎市内を回っているパネルが世田谷区平和資料館に到着して展示をされたり、その逆もありますよね。
  • (暉峻氏)そうですね、はい。
  • (区長)それと同時に両館の職員の定期的な意見交換をしていこう、それから所蔵品、パネルをお互いに活用した交流事業、それから広報物を双方に置こう、というようなことをやろうとしています。特に世田谷区の平和資料館では、シベリアの抑留体験のある四國五郎さんという方の作品、「おこりじぞう」の原画を10月から展示するという用意が進んでいたりしまして、世田谷区立平和資料館は2年目ですけれども、段々と企画展で味を出していこうという方向で進んでいます。
  • (暉峻氏)はい。
  • (パーソナリティ)はい、わかりました。暉峻さん、今日はどうもありがとうございました。そして保坂区長もどうもありがとうございました。
  • (暉峻氏、区長)ありがとうございました。

このページについてのお問い合わせ先

広報広聴課

電話番号03-5432-2009

ファクシミリ03-5432-3001

トップページへ戻る

このページのトップへ