上野毛まちづくりセンター地区の概要

最終更新日 平成19年4月4日

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地区の概要

上野毛まちづくりセンター地区は、上野毛(1~4丁目)、野毛(1~3丁目)、中町(1~5丁目)の3町からなり、世田谷区の南側に位置しており、多摩川を境に神奈川県に接している。
管内は、環状8号線によりほぼ二分されている。北側は比較的平坦な地形で、所々に畑が残る閑静な住宅地で、一方、南側は多摩川に向かって下っていく地形で、近年、大型マンションの建設等、住宅地として開発が進んでいる。

公共交通機関としては、東急大井町線上野毛駅を中心に、等々力駅、田園都市線ニ子玉川駅、用賀駅が利用可能であり、用賀中町通り、上野毛通り、多摩堤通りや環状8号線を走るバス路線も利用できるなど、交通の便は良好である。

平成23年3月には、安藤忠雄氏設計による上野毛駅が建て替えられ完成した。上野毛駅からは、ニ子玉川や自由が丘などの商業地域や渋谷へのアクセスも良く、五島美術館や多摩美術大学など、落ち着きのある文化の香り高い住宅地として発展してきた。

自然環境の特徴としては、多摩川の河川敷で自然とふれあうことができる。また、多摩川に流れ込む野川、丸子川一帯の国分寺崖線は、区内有数の自然が残る場所として知られており、水と緑の豊かな景観が広がっている。玉川野毛町公園の野毛大塚古墳は、豊かな水辺での暮らしが古くから営まれていたことを今に伝えている。

地名の由来

野毛

「ノゲ」は、アイヌ語で「崖(がけ)」を表す「ノッケ」からきたという説もあり古くからある地名。いつからか上下に分かれ、上野毛村と下野毛村の二つになった。現在の野毛はこの下野毛村の区域で、明治中期に周辺の7つの村と合併してできた玉川村の「下野毛」となり、昭和7年の世田谷区誕生の際には「玉川野毛町」となった。その後、住居表示の変更で、現在の「野毛」となる。

上野毛

下野毛村(上記「野毛」参照)の兄弟村。1617年の文書には既に「上野毛郷」とあり、400年近く前から「上野毛」という地名はあったと思われる。明治中期に周辺の7つの村と合併してできた玉川村の「上野毛」となり、昭和7年の世田谷区誕生の際には「玉川上野毛町」となった。その後、住居表示の変更で、現在の「上野毛」となる。

中町

昔は、草木の茂る野原を開墾した田を表すと思われる「野良田」という村であった。明治中期に周辺の7つの村と合併してできた玉川村の「野良田」となり、昭和7年の世田谷区誕生の際には、消防署・警察署・郵便局がある玉川地域の中心だということで「玉川中町」と名前を変えた。その後、住居表示の変更で、現在の「中町」となる。

(参考)
「ふるさと世田谷を語る」(世田谷区発行)、「世田谷、町村のおいたち」(世田谷区発行)

地区の見どころ

世田谷百景

上野毛自然公園の桜の写真
上野毛自然公園の桜
  • 79 多摩川土手の桜
  • 91 上野毛五島美術館一帯(上野毛3丁目9番)
  • 92 上野毛自然公園(上野毛2丁目17番)
  • 93 玉川野毛町公園(野毛1丁目25番)
  • 94 野毛の善養寺(野毛2丁目7番)と六所神社(野毛2丁目14番)
  • 95 等々力渓谷と等々力不動(等々力1丁目22番)

地域風景資産(第1回)

  • 16 森の児童館(上野毛4丁目29番)
  • 17 富士見橋より見た富士山の見える眺望
  • 21 国分寺崖線を眺められる多摩川堤

指定文化財

野毛大塚古墳の写真
野毛大塚古墳
  • 国指定 国宝源氏物語絵巻等(五島美術館)
  • 都指定 野毛大塚古墳(玉川野毛町公園)
  • 都指定 上野毛のコブシ(五島美術館)
  • 都指定 善養寺のカヤ(善養寺)
  • 区指定 上野毛稲荷坂古墳(上野毛2丁目12番)

その他

  • 上野毛自然公園(上野毛2丁目17番)
  • 金剛寺(中町2丁目20番)
  • 覚願寺(上野毛2丁目15番)

関連リンク

このページについてのお問い合わせ先

玉川総合支所 上野毛まちづくりセンター

電話番号 03-3705-1361

ファクシミリ 03-5707-7028