斎藤寛斎関係史料(さいとうかんさいかんけいしりょう)

最終更新日 令和4年5月23日

ページ番号 129087

概要

斎藤寛斎関係史料
斎藤寛斎関係史料 撮影 米畑勝行

世田谷区指定有形文化財(歴史資料)

平成3年1月24日指定

所在 東京都世田谷区世田谷1丁目29番18号 世田谷区立郷土資料館

(開館時間、休館日は郷土資料館のページをご確認ください。)

点数 30点

解説

斎藤寛斎は文政4年(1821年)上総国武射郡山中村に生まれ、幕末維新期に赤報隊に加わり相楽総三(さがらそうぞう)らと共に討幕運動に身を挺しました。しかし維新後、赤報隊は偽官軍とされ相楽ら首脳は処刑、寛斎は追放されます。中馬引沢村に戻った寛斎は、相楽の意思を継いで子弟教育の重要性を説き、学校設立の運動を起こしました。相楽の理想と寛斎の強烈な意思とにより、太子堂郷学所は明治4年(1871年)に設立されました。

史料には、郷学所設立に関する資料のほか寛斎が東京府にあてて記した意見書などが含まれます。

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